前回書き記した「60年ぶりの農協大改革」に続いて、今回は「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」を題材に「攻める農業」への変革の舞台裏を明かそう。(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)
>>前回記事『菅義偉が振り返る60年ぶり農協大改革…「農家より農協の利益優先」の呆れた実態あらわに』から読む
「攻める農業」への転換に向け
中核的な政策がTPPへの参加だった
「攻める農業」への転換は、日本の農業が世界に目を向けることで大きな成長を遂げる可能性を見据えたものであった。TPP交渉への参加はその中核を成す取り組みでもあった。
2013年、安倍晋三総理(当時、以降の肩書も同様)が第2次安倍政権として初訪米した際、バラク・オバマ米大統領からTPP参加を強く要請された。まさに「渡りに船」であった。私自身、TPPこそ、アベノミクスの三本の矢の一つである「成長戦略」の中でも、最も遠くまで届く滞空時間の長い「矢」となり得ると考えていたからである。
資源のない日本が持続的に成長していくためには、諸外国との交易や資本取引が不可欠である。TPPはその基本ルールを決めるものであり、交渉の初期段階からの参加が極めて重要であった。また、品質と安全性において世界で高い評価を得ている日本の農業は、公平な条件の下であれば世界各国との競争でも決して負けることはないと私は確信してもいた。そしてTPPが実現すれば、日本にとっては国内総生産(GDP)の2.6%、約14兆円の経済拡大効果が見込まれるとの試算も出ていたのである。
安倍総理から参加方針の取りまとめを指示された私は早速、岸田文雄外務大臣、茂木敏充経済産業大臣、林芳正農林水産大臣と議論を開始した。赤坂議員宿舎の会議室に夜にひそかに集まって議論を重ね、基本方針の骨格を固めていった。
骨子が固まったとの報告を受けた安倍総理は、13年3月にTPP交渉への参加を表明した。翌4月にはTPP政府対策本部が設置され、甘利明経済再生担当大臣がTPP交渉の担当大臣を兼任することとなった。
だが、TPP交渉参加については、党内に慎重論もあった。特に農村部を票田に抱える地方の議員からは、国際競争がもたらす日本の農業への打撃が選挙に不利に働く可能性を懸念する声が強かった。