このダイハツ不正は当初は小さな内部通報が発端となり判明したものだ。しかし、調査が進むにつれ事態は発展し、そのあまりの悪質さにダイハツブランドは大きく毀損(きそん)した。ユーザー、世間からは著しく信頼を失ったといっていい。

 しかも、「安全性」という車の根幹で信用がなくなったのだから事態は極めて深刻だ。筆者もマイカーで出かけて信号待ち中にダイハツ車を見かけたとき、「大丈夫かな」と思わず車内で声を発してしまった。

 筆者はダイハツというメーカーやダイハツディーラーを長く取材してきた経験から、ダイハツは質実剛健な企業気質があり、「良品廉価」を掲げる小さい車造りが得意なメーカーだという印象を持っていた。それだけに、今回の事態は残念でならない。

 だが、不正を生んだ「ダイハツの企業風土」という観点から見ると、ダイハツという大阪の最古参自動車メーカーとしての気概が、トヨタの“子会社化”が進む中で薄れてきたことは大きい。

 トヨタとダイハツの関係は、67年に資本・業務提携したことに始まる。当時は、トヨタ、ダイハツともに自工・自販という製販分離体制を取っており、トヨタからはダイハツ工業・ダイハツ自動車販売それぞれにトップを送り込んだ。初めてのトヨタ出身のダイハツ工業社長は75年に就任した大原栄氏だ。その後、ダイハツも工・販合併するが、現在の奥平社長(17年~)まで10人の社長を数える中で、トヨタから転じて社長となったのが8人、ダイハツプロパーは2人にすぎない。