人を動かすには「論理的な正しさ」も「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。この心理的な傾向を、ビジネスや公共分野に活かす動きも最近は顕著だ。認知バイアスを踏まえた「行動経済学」について理解を深めることは、さまざまなリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、世界的ベストセラー『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から、私たちの生活を取り囲むさまざまな認知バイアスと、「人を動かす」ためのヒントを学ぶ。今回のテーマは、「管理職がやってはいけない職場のミスを増やす行為」だ。(構成:川代紗生)

勘違いが人を動かすPhoto: Adobe Stock

「同じミスが減らないチーム」上司はどうするべき?

 同じミスを繰り返す人、何度も言わないと指示を守れない人──。そんな部下を動かしたいとき、あなたはどうしているだろうか。どんな指導をすればいいのか、ほとほと困っているという人もいるのではないだろうか。

 私も社会人になったばかりのころ、同じミスばかりしてしまう時期があった。報告書類の提出を忘れる、上司に頼まれた仕事を期限までに終わらせられない、まわりの人に助けを求められない……。そんな具合だ。

 見かねた上司の判断により、不注意でミスをしたら、罰としてレポートを提出することになった。なぜミスをしたのか、事細かに書き、それを社内全員に共有するというものだ。

 私だけでなく、他の社員もミスをするたびにそれを提出するようになった。けれども、そのチームでのミスは一向に減らなかった。

「人を動かす」のは簡単ではない

『勘違いが人を動かす』では、人の「行動」の理由が解明されている。本書のカバーのそでに印刷されているのは、こんな強烈なコピーだ。

「論理」よりも「情熱」よりも「認知バイアス」が人を動かす。(本書カバーより)

 罪も報酬も、知識も議論も、感動も約束もないのに、なぜ人の行動は「意識できない些細な仕掛け」に自然と誘導されてしまうのか?

「なぜ人は怠けてしまうのか」「不安やストレスにふりまわされてしまう理由」「人と同じじゃないと不安になる脳の仕組み」「報酬はどう与えるべきか」など、さまざまな論点から、「認知バイアス」に光を当てている。

 なかでも、私がもっとも納得したのは、「報酬」──つまり、「アメとムチ」をどう使いこなすか、という項目だ。

 なぜなら、適切な相手に、適切なタイミングで、適切な量の「アメとムチ」を与えないと、それは効果を発揮しないと書かれていたからだ。「お金をあげればやる気が出る」「褒めれば成果が上がる」「罰を与えればやらなくなる」といった単純な話ではないらしい。

「遅刻したら罰金」で、遅刻者が爆発的に増えたワケ

 たとえば本書には、こんな例が取り上げられている。

 とある保育園では、「保育園の子どものお迎えに遅刻したら罰金。5分遅れるごとに5ユーロ相当を払う」という制度で、爆発的に遅刻者が「増えた」というのだ。減ったのではない。以前よりも、増えてしまったのだ。

たったの5ユーロで、午後の会議で最後にひと言述べる時間を買えるのだ。罰金は、「午後6時半までに迎えに行かなければ」と親に思わせるのではなく、「5分当たり5ユーロ払えば遅刻しても大丈夫」という合理的な判断をさせる方に作用したのだ。(P.383)

 これを読んだとき、私は「ミスをしたらレポートを書く」というルールを言い渡されたときのことを思い出した。

 思い返せば、私もどこかで、「レポートを書けば許してもらえる」と考えてはいなかったか。そのルールが課される以前よりもむしろ、緊張感がなくなってしまったような気もする。

パフォーマンスを高める「報酬の与え方」4つのポイント

 本書を読んで、「相手のパフォーマンスを高める報酬の与え方」とは、こんなにも難しいのかと、驚いた。

 さて、相手から最大限の努力を引き出すための、最善のインセンティブを選ぶために、注意すべきポイントは4つあるという。

①相手が望ましい行動をとっている場合、お金を報酬にすると逆効果になる場合がある。もともとやる気に満ちている人にインセンティブとしてお金を与えると、意欲が落ちることがあるからだ。

②成果が数値化できる場合は、その数字に基づいて報酬を与える。できれば褒め言葉を添える。

③貢献度と成果の関連性が明確か、その貢献度は測定可能かを確認する。測定可能な場合は、その貢献度に見合う報酬を与える。

④金銭的報酬が推奨する行動を相手が取り始めたとき、どのような想定外の事態が生じ得るかを考える。

 たとえば、営業の仕事で、「一件受注するごとにボーナスが増える」などのルールを決めたとする。その際、「同僚の成果を横取りする」などイレギュラーな問題が起きないかどうか、検討しなくてはならない。

 また、個人の貢献度がはっきりしない場合は、金銭的報酬を用いることは避けたほうが良いとも書かれている。安易にボーナスなどを与えてしまうと、もらえない人が「自分は評価されていない」と感じ、努力しなくなるからだ。

「アメとムチ」作戦は、従業員を動かすために有効な手段だと思われがちだ。しかし、使い方を間違うと、チームに思いがけない悪影響を及ぼす可能性もある。

 人が行動を起こすまでには、さまざまなプロセスがある。Aをすれば必ずBしてくれる、という単純な仕組みではないのだと、本書を読んでつくづく思い知らされた。

「褒めて伸ばす」「厳しく育てる」「MVPなどの表彰制度を導入する」など、さまざまな人材育成法に取り組んできたが、どれもうまく機能しなかった、という人は、ぜひ「認知バイアス」の影響について知ってほしい。

 人が自然と行動を起こしたくなる職場環境づくりのヒントを、きっと得られるはずだ。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』より一部を引用して解説しています)