「普通の生活を送る」
そこに全身全霊を注いだ

 緩和ケアは終末期のケアと誤解されているが、本来は積極的な治療とともに行うのがスタンダードだ。副作用や痛みの軽減、そして闘病への不安や将来が見えないつらさにも対処できる。何といっても併診の良さは、治療医と緩和ケア医という全く視点の異なる二つの相談先があることかもしれない。

 この後、イレウス(腸閉塞)で緊急入院するなどの一ヤマ、二ヤマがあり、退院後に家事支援や生活介助が受けられる要介護3の認定を受けて、介護保険のサービスも利用できるようにした。このとき恵美子が「私はそんなに重症なの?」と身も世もなく泣き崩れたことが記憶にこびりついている。

「昨日までできていたことが、今日はできなくなる日がいつか来る。それが一番つらいことなんだ。だから、小さなことでもいい。2人でできる目標を見つけて、恵美子さんにそこまで頑張ってみよう、そこまで2人で生きていこうと思ってもらおうよ」

 泣き崩れる妻の姿に言葉を失う私にとって、旧知の在宅緩和ケア医がくれたアドバイスはよりどころになった。

 これを受けて、夫婦で「やりたいことリスト」を作成した。「愛犬LEO(レオ)との散歩」「40年来の友達と毎月定期的にLINE会話をする」なんてたわいのないものから、「ネット証券で稼ぐ」なんてものもある。「好きなインテリアでくつろぐ」という目標は、私の趣味で買った重厚な革張りのソファを捨て、きれいな色の布張りソファを購入することで無事に達成された。

 がんと告知されてから看取るまでの1000日。当初は自分の経験や人脈を「治す」ことに注ぎ、標準治療以外も探ろうとした。しかし実際に全身全霊を注いだのは「普通の生活を送る」ことだった。

 24年度は、医療・介護・障害福祉サービスの報酬が同時に見直されるトリプル改定の年。在宅医療・介護領域の診療報酬を適正に見直し、加算すべき部分は手厚くするなど、「地域完結型」の医療・介護・福祉の横の連携システムを一層、後押しするものとなっている。

「普通の生活を送る」というのも2人きりでできるものではない。闘病3年目に入ったころから恵美子に痛みやつらさをこらえている様子が増えてきた。そんな中で病院だけでなく、在宅医療のスタッフ、訪問看護師、ケアマネジャーらが私たちの穏やかな毎日を支えてくれた。がんと共に生きるには医療だけではなく、介護の手も必要であることを改めて痛感した。

 私の手元には恵美子が残した日記がある。今はまだ読む勇気がないが、いつかは彼女がこの1000日をどのように感じていたのかを伝えていきたい。それが今後、「普通の生活を送る」ことを望む人々のヒントになると思うからだ。

Key Visual by Noriyo Shinoda, Kanako Onda