熱を帯びない個人旅行、富裕層を萎縮させる国の調査
一方で、個人旅行はどうだろう。
日本のテレビ報道では、旺盛な消費意欲を見せる中国人観光客の様子が取り上げられているが、前出の旺さんによると、個人旅行も振るわないという。中国には国民の出国フィーバーを抑え込むさまざまな制限があるためだ。
「中国では教職を含む公務員はパスポートを職場に預ける形を取りますが、『海外旅行に行くのでパスポートを出してください』とは言えない雰囲気です。また、パスポートの更新手続きもあまりに複雑で、多くの人々の出国の意欲をそいでいます。さらに海外で使えるお金についても制限がかかり、銀聯などのデビットカードのみならずクレジットカードも限度額が低く抑えられるようになりました」(旺さん)
外国での散財を抑え込み、内需拡大に心血を注ぐ習政権下では、昨年10月からある“調査”が導入された。中国統計局が始めたその“調査”は、2000万元(約4億円、従事する業界により金額は異なる)以上の年収もしくは売り上げがある個人・法人は、「その金がどこから来たのか」という“資金源”を明示しなければならない、というもので、これが中国の、いわゆる“金持ち”を萎縮させているのである。
旺さんは「こうした状況が続く限り、2019年に見たような、中国人観光客による爆買いや高額消費が全面的に息を吹き返すことはない、と言っても過言ではないでしょう」と話す。
一方、「パスポートの更新手続きの複雑さが、人々の出国の意欲をそぐ」とする旺さんの指摘を裏付けるのが、胡華君さん(仮名)のコメントだ。
上海在住の胡さんは“日本ファン”の一人で、コロナ禍前までは年に数回日本への旅行を楽しんでいたが、今はまったく気力がない。SNSで返ってきたのは、「仕事も順調とはいえず、あちこち行ってみたいという気持ちもなくなった」というものだった。
その胡さんのパスポートは間もなく期限切れになるのだが、更新するつもりもないという。新規の申請の手間を思えば更新をしたほうがよさそうなものだが、胡さんにはやる気が起きない。
「私だけでなく多くの人のパスポートはすでに期限切れになるはずですが、更新しようという人は少ないです」(胡さん)
ゼロコロナ政策にロックダウン、経済の落ち込みによる失業や減給など、中国の人々はわずか数年の間に未曽有の大混乱を経験した。観光旅行としての出国フィーバーの低下は「中国の将来性が見えなくなった」という心理的要因が大きく作用しているのかもしれない。
安徽省出身で上海の名門大学を卒業し、外資企業で活躍する胡さんだったが、こんなふうにもつぶやいた。
「コロナ禍前には、住宅購入や高級車、ブランド品や海外旅行に夢中になったけど、もうこれじゃないのかなと。求めるものが変わったのかもしれません」
前回、当コラムでは不況下の中国で渇望されるブランド品について取り上げたが、今回の取材からはまた別の一面が見えてきた。人々は、過去の日本にあったような“失われた30年の入り口”に立たされているのだろうか。中国が大きな転換点を迎えていることだけは間違いない。