人間の弱さを乗り越えるための言葉の厳密化

佐宗 前回の記事で、クラシコムは地球上にある株式会社である以上、地球環境の制約、法や倫理の制約、営利企業としての「制約」のなかで活動するというお話がありましたよね。こういう制約に立った上で、さらにミッションを掲げ、マニフェストを決めて、フォームを定めて…という具合に、どんどん幅を狭めていっていると。

その意味では、企業理念というのは一種の「制約」なんだと思いますが、逆に企業理念が枷になることはないでしょうか? 一般的には自由度があるほうがいいと思われがちですが、なぜ企業理念という制約をつけることがマネジメントの役に立つのでしょう?

青木 とてもおもしろい質問だと思います。大前提として僕は「人の認知負荷には限界がある」という人間観を持っているんです。自分自身がそんなに大したものではないので(笑)。人間は美しいが弱いものであると思っているんですよ。

佐宗 「人間は美しいが弱いものである」──いい言葉ですね。

青木 裏を返せば、弱さが顕在化した途端、美しくなくなってしまうのが人間です。だから僕は「どうすれば人間は弱さを顕在化させず、事に当たり続けられるのか」をずっと考えてきました。

どういうときに人間の弱さが出やすいかというと、ちょっと意外かもしれませんが「いろいろな利害関係者が一つの目的に向かっているとき」なんですよ。なぜそこで衝突が生まれるかといえば「同じ言葉を使っていても認識が違っていることがあるから」です。人間の認知能力は限られていますから、こういう事態が起きるのはある程度は仕方がないことなんですね。

たとえば、「業務」ってどういう意味だと思いますか? 「この言葉を説明してください。『仕事』とはどう違いますか?」と聞かれたら、どうでしょう?

佐宗 …うーん、難しいですね。

青木 難しいですよね。でも僕らってこういう言葉を日々使っているんです。僕の理解だと、「業務」というのは、ある程度の決まった構造を持っていて繰り返しを含んでいる仕事のことなんですよ。でも、人によってはそこまできっちり言葉を理解していなくて、「業務」と「仕事」を同じものだと思っていたりする。そういう人に「この業務があなたの仕事です」と伝えると、本来は「業務」ではない仕事、たとえば企画とかにも手を出してしまう。

クラシコムにおける僕の役割は、マネジャーたちが使える道具を生み出し、支援することです。そして、その道具の最たるものが「言葉」なんですよね。言葉を厳密化していけば、合意形成が容易になります。合意形成が容易になれば、多様な利害を共有する多様なステークホルダーが一つのミッションに向かって力を合わせやすくなる。つまり、みんなが弱さを顕在化させないで済み、美しいままでいられる、と。

佐宗 青木さんは理念をつくることによって、マネジャーたちの道具をつくっているわけですね。だから単純に枷を増やしているというより、むしろみんなが安心して仕事ができるような環境をつくっているということなんだと思いました。

クラシコム代表に聞く。人間の弱さを乗り越える“言葉づくり”が経営者の仕事
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。