工場ができて台湾から来る人が増える
菊陽町を取り巻く社会の変化
台湾TSMCの工場がJASMとして熊本県に進出することで、台湾からの出向者やその家族だけでなく、ビジネス来訪者や観光客の増加も予想されています。これを受け、工場付近の飲食店やコンビニ、スーパー、あるいは宿泊施設の従業員たちは、行政やNPO団体が実施する、接客や言語などを学ぶ講習に参加し始めています。
これまで中国語の表示は、簡体字(中国で使用されている)だけだったのが、繁体字(台湾で使用されている)も加えられる、という変化も起きています。台湾の中国語や文化を学ぶ日本人も増えているようです。反対に、TSMCからの出向で昨年既に来日していた台湾人従業員が、熊本市国際交流振興事業団主催の大人の日本語会話教室で学ぶ光景も見られました。
一方、JASM従業員の子女への教育サポートにビジネスチャンスを見いだす台湾企業もあります。例えば、日本では児童だけで登下校するのが当たり前ですが、台湾では大人(両親や祖父母など)が送迎したり、送迎バスを利用したりするのが一般的です。また、放課後の過ごし方も、児童を預かるだけでなく教育サービスや食事も付随する「安親班」、日本の学習塾に相当する「補習班」など、日本の学童保育や学習塾とは異なります。こうした、台湾で普及している教育サービスを熊本で運営しようという台湾企業が出てきているのです。これ以外にも、華僑学校や「台湾村」の構想をほのめかす台湾企業家もいるようです。また、音楽、芸術、スポーツ、自然科学分野などで秀でた能力も児童の進路に影響するため、その受け皿も必要となるでしょう。
日本(熊本)でも台湾式の教育サービスを受けられるようにする狙いは、その児童たちが数年後に帰国し、教育制度やカリキュラムが日本と異なる台湾の学校教育に戻った際に、スムーズに適応できるように、ということを親たちが考慮に入れているからです。台湾では2019年より、「12年国民基本教育制度」が台湾全土の小中高に採り入れられました。この制度では、「國語」(台湾の中国語の一呼称)だけでなく、英語教育も小学校から強化されているのが特徴です。これは台湾の現政権が推進している「2030バイリンガル政策」により、2030年に台湾社会全体で英語とその他一言語(未定)によるバイリンガル社会を目指しているということも背景にあります。
しかし日本では、こうした台湾社会の変化がほとんど知られていないばかりか、そもそもの多文化社会への対応も立ち遅れています。日本政府は2023年夏にようやく、熊本大学教育学部附属の小学校と中学校それぞれに英語指導による「国際クラス」の2026年新年度開講を目指し始めたばかりです。そのため現状では、私立のインターナショナルスクール頼りともいえます。
熊本大学附属の小中学校も、私立のインターナショナルスクールも、授業は英語で行います。TSMCの進出を受けて、現地で中国語を学ぼうという人が増えるなどの変化は良いことですが、中国語を一から習得するのは大変です。英語をコミュニケーションツールにするほうが、より現実的ですし、迅速に対応が図れるのではないかと考えます。加えて、台湾の歴史や文化、あるいは生活習慣や食文化への理解を深めることが円滑な交流につながるのではないでしょうか。日本は、まず多文化社会の捉え方を根本から見直す必要がありそうです。
実際、JASMには台湾籍以外にも外国籍の従業員が在籍しています。2027年末に運営開始予定の第2工場には、JASMが新たに雇用する1700人の従業員の内、台湾での採用者500人が含まれるため、その家族も帯同する可能性もあります。加えて、半導体の熟練工不足を補うには、台湾や日本の人材以外に、多国籍の優秀な人材の採用が急務となっています。その場合、台湾の中国語や文化などに対してのみの対応ではなく、まさにグローバルな対応が必要となります。