そんなモノ、脱いでしまいなさいよ。必要ないわよ

 もちろんそう簡単にはいきません。要件を述べる際、グズグズしていると「つまり、何が言いたいの?」とせっつかれます。決裁を頼む際、ちょっとでも書類に不備があると突き返されます。とてもお友達になれそうな雰囲気ではありません。

 だいぶ後になり、「アネゴ」と私が勝手に呼んでいたそのお局様とはランチを一緒にする仲になるのですが、当時の私は本気で嫌われているのかと思っていました。

 そんなある日、ドギマギしながらプレス・ツアー企画の決裁を迫っていた時のことです。アネゴが前置きなしに言いました。

「あなた、ストッキング、破れてるわよ」

(しまった、怒られた)。細部にうるさいアネゴにきっと「ダラシない女」と思われたに違いない。そう焦った私は、

「すみません。すぐ新しいの、買いに行ってきます!」

と口ごもると、アネゴは変な顔をして言いました。

「そんなモノ、脱いでしまいなさいよ。必要ないわよ」

 今度はこちらが変な顔をする番です。

 私の前職は、パリの日本国大使館の広報文化部でした。日本からの出向者が多く、完全に「日本社会」な職場でしたので、ストッキングは欠かせないアイテムだったのです。私は「社会人としてストッキングは常識、生足は非常識だ」と思って過ごしていました。

職場で生足が常識、ストッキングが非常識

 ところがどうでしょう。こちらでは、職場で生足が常識、ストッキングが非常識なのです。例年になく暑い7月のパリで、アネゴも生足にパンプスを履いています。同僚は皆、生足にスニーカー、人によっては庭仕事にでも使いそうなつっかけサンダルを履いて通勤しています。

 自分の常識は、人の非常識だったりします。反対に自分にとっての非常識もまた、人にとっては常識ということも多々あります。どちらが正しいという話ではなく、人それぞれということです。

「あの人、非常識だわ」

 もし、そう思うことがあったら、なぜ自分がそう思うのか、ちょっと考えてみてください。自分の常識を押し売りしているだけかもしれません。

ストッキング脱いで、あんたも一皮剥けたって感じね

 それからというもの、私は生足が基本になりました。長年非常識だと思い込んできたことを大っぴらにするのですから、気分は爽快です。

(私が「怖い」と思い込んでいたアネゴは案外、いいヤツなのかもしれない)
 そう思いながら、ある日、例のつっかけサンダルに生足で廊下を歩いていると、すれ違ったアネゴが苦笑しながら言いました。

「ストッキング脱いで、あんたも一皮剥けたって感じね」

(この人、やっぱり優しいのかも)
 そう思いながら、私はにっこりと笑い返していました。

※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。