丸山 あ、やっぱり壊れやすいんだ。でも、特殊マイクで観察、やってみたいなあ。

中瀬 中南米には、バットディテクターでぎりぎり拾える高い音を出している昆虫もいるそうです。おそらく、昆虫は足や胴体についている小さい感覚器でその音を拾っているんでしょうね。

丸山 いわゆる「耳」があるんだよね。あとは、ハエの体表の長い剛毛なんかわかりやすいんだけど、感覚器の役割を持つ毛が無数に生えていて、その毛の受けた振動が根元に伝わってくる。毛の場合は、きちんと調べれば固有振動、つまり長さによって出る音がわかります。音叉と一緒ですね。

養老 これに関しては哺乳類も同じだよ。僕は「トガリネズミからみた世界」という論文をだいぶ昔(1977年)に書いたんだけど、トガリネズミのヒゲは500本くらい生えていて、前から後ろにいくにつれだんだん長くなっているのね。トガリネズミはヒゲの震動によって音やモノの位置情報を受け取るんだけど、長さが違うそれぞれの毛がキャッチする周波数も、それぞれ違うというわけ。

 で、1本ずつ見てみると、根元が静脈、つまり血液に浸かっていて、その周りに神経がぐるぐると巻きついているの。それぞれのヒゲが音叉みたいにいつまでもブーンと振動し続けたら音が混ざって困るから、一度揺れてもすぐに減衰するようにこうした構造になっているんじゃないかな、と。工学的にいうとダンパーだね。

中瀬 ああ、ピアノのペダルもその原理ですよね。

書影『昆虫はもっとすごい』(光文社)『昆虫はもっとすごい』(光文社)
丸山宗利、養老孟司、中瀬悠太 著

養老 そうそう、音が残らないようにね。そんな工夫があるなんて、明らかにコミュニケーションを積極的に取ろうとしていると思わない?とにかく虫には、ものすごい量の毛が生えている。こんなに小さい体をしていて、大量の毛を全部無駄にしているはずがないんだよ。

 人間には「脱毛」とか「無駄毛」とかいう言葉もあるけど、昆虫が生やしている以上、あらゆる毛は必ず何か仕事をしているはずです。毎日忙しく生きている現代のみなさんは、虫の毛について考えやしないでしょう。「なんだか気持ち悪い」でおしまい。でも、それが実はコミュニケーションに使われているとわかったら、ちょっとは毛に対する見る目も変わるんじゃないかな。

丸山 たしかに、あれだけヒゲみたいに生えている毛を無視することは、なかなか無理がありますよね。