和食の代表格である寿司は、今や世界中にファンを持つ。その普及の一翼を担ったのが回転寿司だ。「劇場」をテーマにしたグルメ回転寿司チェーン「すし銚子丸」は、職人技とエンターテインメントを融合させ、顧客を魅了している会社である。また、通常5年かかる寿司職人の育成を、早ければ1年に短縮する施策も導入。同社のユニークな戦略について詳述しているのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。銚子丸が提供する新たな価値と、その裏にある職人育成の秘密に迫る。

寿司職人Photo: Adobe Stock

日本を代表する文化に成長した寿司

 和食はいまや世界に誇る日本の重要な文化の一つと言っていいだろう。なかでも人気なのが寿司であり、世界中にファンを増やしている。その普及に一役買っているのが回転寿司という業態だ。

 その先駆けとなったのは、1958年4月に大阪府東大阪市にオープンした「廻る元禄寿司」という店だ。寿司を載せた皿が回る店内のラインは、ビール工場の製造ラインで使われているベルトコンベアにヒントを得たもので、「旋回式食事台」と名付けられた。

 このアイデアによって「高級和食」の代名詞だった寿司が一挙に大衆化し、それから六十有余年が経った現在、回転寿司市場は7000億円を超える規模にまで拡大している。

グルメ回転寿司の雄は店舗を劇場に見立てる

 有力各社がしのぎを削る回転寿司業界の一角に、「グルメ回転寿司」と呼ばれるチェーンがある。「立ち寿司」と呼ばれる従来型のカウンター主体の店と、一皿100円単位の大手回転寿司の中間に位置し、店に直接届く鮮魚を包丁でさばく職人技を目の前で堪能できる一方、回転寿司ならではのリーズナブルなサービスを享受できる。

 そのグルメ回転寿司の最大級のチェーンが、一都三県に83店舗(2022年5月現在)を展開する「すし銚子丸」で、2021年10月に短尺動画システムを導入している。

 その名のとおり、同チェーンは千葉県の銚子港をはじめとして、世界中の海から仕入れた新鮮な寿司ネタを売り物とする。しかも、店舗を「劇場」に見立て、寿司を握る職人やスタッフを「劇団員」、レーンの中でお客様と直接相対する板前のリーダーを「座長」と名付けている。銚子丸一座というわけだ。

 職人が水槽から鮮魚をすくい、客の目の前でさばき、握っていくプロセスを、客と会話をしながら見せていく。銚子丸名物と銘打ってマグロ解体ショーといったイベントを開催することもある、エンターテインメント系グルメ回転寿司なのだ。

普通の回転寿司チェーンから脱皮するまで

 株式会社銚子丸(当時は前身である株式会社オール)が手掛けた回転寿司店の1号店は、千葉県浦安市の「回転寿司ABC浦安店」であり、オープンは1987年。当時は普通の回転寿司だった。

 その頃の回転寿司は“安かろう”悪かろう〟で、使う魚はすべて冷凍ものだった。ただし、浦安店の店長と副店長は立ち寿司店出身の職人で、あるとき、ハマチを仕入れてみようかと生のハマチを入手してきた。そこからイワシやアジも鮮魚を使うようになり、穴子も自らさばいて調理するようになった。お客様からは存外好評だ。そこから、関アジ、関サバ、本マグロなど、高級寿司店でしか食べられない魚まで扱うようになる。

 冷凍ものから鮮魚へネタを転換したことが回転寿司における大きな革新だとすれば、銚子丸が成し遂げた革新があと2つある。

 ひとつはホワイトボード(現在はデジタルサイネージに変わっている)の活用だ。同店では味噌汁の無料サービスを行っていたが、それを入り口に掲げたホワイトボードに記していた。そこに余白があったので、「エンガワが入荷しています」などと、当日のおすすめのネタを書いたところ、飛ぶように売れた。そこから毎日、手書きのおすすめメニューを掲示するようになった。 

 もうひとつは先述したエンタメ性である。それまで魚は厨房でおろし、寿司ネタにした状態でレーンの中に移動させ、握るだけにしていた。あるとき、店内を活気づけるため「いまから魚をおろします」とスタッフが大きな声で言いながら、レーンの中で魚をさばくようにしたところ、「その魚、握ってください」と言うお客様が続出した。

 おいしそうにさばかれた魚が目の前にあれば、誰でも食べたくなるものだ。それが発展してマグロ解体ショーなどにつながっていったのである。

工夫次第で提供する商品そのものが変わる

 製造業の場合、製造工程の工夫によって原価が下がったり、品質が安定したりすることはあっても、製品そのものが大きく変わることはまずない。

 しかし、サービスは違う。

 回転寿司ひとつとっても、現場の工夫によって魚が冷凍ものから鮮魚に変わり、味噌汁といった無料商品が供され、ホワイトボードの設置、調理工程のオープン化などのエンタメ性も加わる。

 その結果、売り物となる商品そのものが大きく変わってきたということだ。当然、その流れに乗れない店は淘汰されることになる。

寿司職人の技術を継承せよ

 さて、そのグルメ回転寿司の雄、銚子丸の人気を支えているのが職人やスタッフの技やスキルであるが、かつてはそこに課題を抱えていた。

 具体的に言うと、20年ほど前に入社した寿司職人が定年退職期を迎えたものの、魚のさばき方や寿司の握り方、卵焼きの焼き方といった技の世代継承がなされていなかったのだ。

 もちろん、紙ベースでのマニュアルやレシピに近いものはあったが、しょせんは畳の上の水練で、実践が伴わなければ身につかない。後進を熱心に指導する職人もいなくはなかったが、営業時間外の特別な時間が必要になることと、人によって教える内容にバラツキが生じるという問題があった。

ノウハウを動画にしてみよう

 この問題を解決するため、銚子丸では現在の短尺動画システムを入れる前から、別の動画マニュアルシステムを導入していた。撮影した動画をクラウド上にアップする点では同じ形式のものだ。

 サービス業には“秘伝のたれ”に代表されるような、門外不出のノウハウがたくさんある。その一つひとつは難しいものではないが、数が膨大であり、かつ記録するツールが紙とペンでは難しい。そこに動画の出番がある。

 サービス業におけるノウハウ、つまり暗黙知の社内流通は、生産性や品質向上のみならず、商品そのものの進化につながるため、製造業以上に重要といえる。ノウハウ流通の方向性には、店舗という空間を越えた共有と、後世への時間を超えた伝達という2つの局面がある。

 さらに、ノウハウの共有は本部から店舗へという一方向だけでなく、店舗から本部へ、あるいは店舗から店舗へという多様な流れがありうる。銚子丸はまず店舗から本部への共有を目指した。

解決しなかった問題点

 が、問題は解決しなかった。

「まず、動画が長すぎたんです。1本が10分くらいあったでしょうか。そのくらいの長さになると、視聴にはそれなりの時間と気構えが必要で、『見ておいて』とスタッフに言うと、『見るのは仕事ですか。仕事じゃないんですか』という不毛なやりとりが生じてしまった。

 もうひとつ、動画の再生回数はわかりますが、誰が見たのか、誰が見ていないのかがわからないという問題もありました。銚子丸運営百科事典のようなものはできたのですが、宝の持ち腐れで、さっぱり使われませんでした」(常務取締役営業本部長、堀地元氏)

 そこで、あらためて短尺動画システムが導入された。私たちは「動画はできれば1分以内に」と伝えた。200本ほどあった動画を見直して、あるものは分割し、あるものは廃棄し、あるものは新たに撮影しなおした。整理の結果、500本弱ほどになった。

 たとえば、13分の長さがあった「寿司の握り方」を、シャリの扱い、ワサビの扱い、握り方、盛りつけ方、握りの流れといったように、5本に分割したところ、「見やすい」「よく理解できる」という声が寄せられたという。

通常5年かかる寿司職人の養成が1年で可能に

 動画は短いほどいいのは、人によって、できないポイントが異なるからだ。みんな、自分がうまくできないポイントだけを抽出して見たいはず。ツールのあり方は使う人目線で考えなければならない。

 大手の回転寿司チェーンでは職人の姿が見えないが、銚子丸の店ではレーンの中にちゃんといる。しかも、「寿司職人」という言葉を大切に使っている。短尺動画システムの導入には、その寿司職人の早期育成という目的もあった。

「一人前の寿司職人になるには5年かかると言われますが、短尺動画システムを入れることで、早ければ1年ほどで育成できます。自分で再生速度を調整しながら、何度も視聴できるのがいい。

 あの職人さんに握ってほしいからお店にやってきた、というお客様の声をもっといただきたい。魚をきちんと丁寧にさばける。ネタを規定どおりにしっかりと切れる。きれいな握りが手際よくできるなど、寿司職人の育成にはこだわっていきたい」(おもてなし部副部長、三浦正嗣氏)。

*この記事は、『暗黙知が伝わる 動画経営――生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。