気鋭の経営学者として知られる入山章栄教授は、企業の中のどんな暗黙知に注目しているのだろうか。先進的な企業では、現場のノウハウを動画で伝え、新人の販売実績を劇的に向上させる事例も登場している。動画を経営に活用する目的や事例をまとめた新刊『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』(野中郁次郎・監修、高橋勇人・著)の刊行セミナーでは、著者の高橋勇人氏と、同書で解説を行っている早稲田大学大学院の入山章栄教授とが対談し、これからの時代に本社スタッフや管理職に必要となるスキルや企業内で共有すべき暗黙知とは何かについて探った。(構成:小内三奈、ダイヤモンド社書籍編集局)
企画系の仕事で必要な暗黙知とは何か?
高橋勇人(以下、高橋):今回のセミナーでは、クリスピー・クリーム・ドーナツ、いい部屋ネット、ガリバー、吉野家、オオゼキという多店舗企業の現場のノウハウを共有する事例を紹介しました。視聴いただいた方から、企画系の業種、仕事で、暗黙知を共有して現場力に生かす参考事例はありますか? という質問が寄せられました。
入山章栄(以下、入山):日本人ってプレゼンが下手だと思うんです。でも、忖度社会ですから会社の会議でつまらない話をしていてもみんな我慢して聞いています。大学生は忖度しないので大体寝ていますよ。私が教える早稲田大学大学院で学ぶ社会人は、辛そうに一応聞いているフリをしているときがあって、そんなときに私はいつも、「悪いのは君たちじゃない、つまらない話をしている私が悪い」と言っています。
企画系の仕事においても同じで、すばらしい企画をつくっても売るまでやらないと意味がない。社長や役員にOKをもらうことが売るということであって、学生であればどれだけすばらしい修士論文を書いても、書いて終わりならただものづくりをしただけです。
「売ることがあなたたちの仕事だ」と散々言っています。その「売る」ときに重要になってくるのがプレゼンテーション力です。ただ、そのプレゼンのスキルというのは、なかなかの暗黙知です。
高橋:私たちの会社であるClipLineはその暗黙知の共有を支援していて、ユースケ―スとしては多店舗展開している企業が多いのですが、プレゼンスキルも相当、暗黙知ですね。
入山:私が受け持つ学生は、プレゼンスキルをものすごく鍛えているのでプレゼンのレベルは非常に高いです。では、暗黙知であるプレゼンスキルを私がいかにして共有し、みんなのレベルを上げているのか。
実は、私の鬼特訓によるものです。修士論文を書き終えてからプレゼンするまでの1ヵ月間、「この文章だったら、ここでスクリーンを叩いて、こうやってしゃべるんだぞ」と演技付きのマンツーマン指導です。
でも、これはとても効率が悪いです。ClipLineのアビリクリップを使って、動画で共有すべきですね。企画系の仕事であれば、いかに人を惹きつけるプレゼンスキルを習得するか?といったところで、全社で暗黙知の共有ができると思います。
営業スキルという暗黙知を動画で共有すれば、
新人の販売台数実績が2倍にアップすることも
高橋:プレゼンのスキルは営業スキルに通じるところがあると思うので、ここで書籍『暗黙知が伝わる動画経営』の中でも紹介している、中古車ディーラーのガリバーの取り組みを紹介します。ガリバーは、現在全国に460店舗を展開する、中古車買取のパイオニアです。
中古車というと、走行距離、傷み具合、事故歴など1台1台違って、二つと同じものがないわけです。売り手側だけが持っている情報とお客様のニーズから、最適な車を紹介して販売するので、現場では高い販売力が必要となります。
そのガリバーでは、毎年入ってくる新人の販売力の育成に、従来型の一対一で行うロールプレイのシーンを動画に撮って共有しています。その一例が『6章 IDOM 販売ロープレ』の動画です。トヨタのシエンタに乗っているユーザーが買い替えにきたという設定で、この例では、過去シエンタに乗っていたお客様に新型のシエンタをおすすめしています。お客様のニーズを聞いてそれが最適だと判断したからです。
こうやって、実際にロールプレイしている動画を何百個と動画に上げることで、新人であってもかなりのバリエーションのノウハウを一気に学ぶことができます。経験の浅い営業マンがお客様を相手に練習しているよりも当然学習スピードが速いので、結果、新人の販売実績台数が平均の193%まで上がった例があるそうです。
入山:日本中にあるガリバーの現場で、日々営業マンが鋭意努力しているその暗黙知が、今まではシェアできていなかったわけですよね。それが、動画にしたことで、一気にシェアできるようになった。
ロールプレイで行っているような接客のポイントは、本来、文字でレポートにして残せるようなものでもない。文字にできない、ちょっとした些細な点こそが重要となる暗黙知です。営業ノウハウという暗黙知の共有には、動画は本当に効果的であることがわかります。
動画は会議で有効なファシリテーション力もサポートする
入山:もう一つ、管理職でこれから絶対に必要になってくるのが、会議のファシリテーションだと考えています。ところが、日本人はファシリテーションも上手ではありません。ひたすら自分は下を見ているだけで、生産性が低い。
おそらくこれからは、会議にも事前動画を活用しましょうという時代になるはずです。動画でまずは色々な意見を出し合い、そこから議論をさせて、最終的にみんなで意思決定をすることが企画や管理の仕事になってくるでしょうから、大規模な企業であれば、会議の運営にもアビリクリップの動画システムを使った方がいいのではないでしょうか。
高橋:私たちの会社でも、年に1回開催している総会のやり方を昨年から変更し、プレゼンパートはすべて事前収録にして、全員動画を見た上で集まるスタイルにしました。最初は総会の冒頭にプレゼンを行っていたのですが、事前動画の方が効率がいいし、見る方は何回も見ることができます。
さらに、話す方も動画となるとコンパクトに話しますから、結果的に見る時間も短縮されます。撮影するというと最初は心理的に少し抵抗感があっても、いざやってしまうと効率がいいのでもう元には戻れないです。
入山:私も今、早稲田の大学院で教えている経済学の授業で、理論的な講義については動画にして事前に見てもらっています。動画にすることによって何回も見られるので、共有効果としては圧倒的に高くなります。
ただ、動画で配信するというのは簡単ですが、実際やるのは大変です。動画の時代はトーク能力がとても重要になってきていて、大学の先生でも話がつまらない人はこれからきついだろうと思っています。
いかに相手を惹きつけて話すか、眠くさせないための工夫も色々していますが、ここは動画化する、ここはリアルな場でディスカッションするといった切り分けも大事になります。
高橋:消費時間は同じですが、動画にして2倍速で2回見た方が、1倍速で1回見るよりも学びは大きいです。そして、何度でも繰り返し見ることができるのが動画のよいところなので、ぜひ拙著『暗黙知が伝わる動画経営』を読んでいただき、あらゆる業種、業務で動画を活用できることをイメージしていただきたいと思います。