全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』(ワークマンパブリッシング著/千葉敏生訳)がダイヤモンド社から翻訳出版され、好評を博している。本村凌二氏(東京大学名誉教授)からも「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」と絶賛されている。その人気の理由は、カラフルで可愛いイラストで世界史の流れがつかめること。それに加えて、世界史のキーパーソンがきちんと押さえられていることも、大きな特徴となる。
数多くいる歴史人物のなかで、残虐な暴君として名を残しているのが、ドイツを一党独裁国家にしたアドルフ・ヒトラーだ。ナチスドイツによって支配された第二次世界大戦時のヨーロッパを舞台にした映画『関心領域』が大きな話題となったが、ナチスの指導者であるヒトラーはなぜ、独裁者となったのか。その挫折と絶望に満ちた少年時代を解説する。著述家の真山知幸氏に寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。
ヒトラーはどんな少年時代を送ったのか
子ども時代の感情や記憶は、大人になってからの言動に大きな影響を与えるとされている。
例えば、幼少期に身近な人から受け入れられて育てば、他者との信頼関係を築きやすいが、自分という存在が拒絶され、不安な日々を送ったならば、どうだろうか。
どうしても、その後の人生で知り合った人に対して「はたして自分を受け入れてくれるのだろうか」と猜疑心を持ちやすくなるだろう。
独裁者アドルフ・ヒトラーは、ゲシュタポ(秘密警察)を使って、国民生活を厳しく監視。強制収容所による弾圧を行いながら、極端な人種的排外主義を貫き、侵略政策を推し進めた。
大衆を熱狂させた独裁者は、どのような少年時代を過ごしたのだろうか。
短気な父に殴られて育つ
ヒトラーは1889年4月20日、オーストリアの小さな村に生まれた。父のアロイス・ヒトラーはオーストリア税官吏で、母のクラーラ・ヒトラーはアロイスにとって3人目の妻となる。
ヒトラーには、異母兄として父と同名のアロイスJrがいたが、14歳で家出をすると、二度と戻ってこなかった。父アロイスの暴力に耐えかねて、逃亡したのである。
5年下の弟エートムントは6歳で死亡し、あとのきょうだいは、異母姉のアンゲラと妹のパウラのみ。ヒトラーが唯一の男子となった。
兄が家を出て行ったことで、粗暴な父による虐待の矛先はヒトラーに向けられることになる。一方の母は、ヒトラーを溺愛したが、母自身もアロイスから暴力を受けていた。
ある日、ヒトラーは冒険小説に刺激されてこんな決心をしたという。
「これからは父に鞭で打たれても、決して泣き声をたてるまい」
ヒトラーは父に尻を鞭で叩かれている間、頭でその数を数え、ひたすら無言を貫いた。すると、やがて父の手は止まり、それからは二度と鞭を打たれることはなかったという。