そこで、ノイマンの生涯と思想を改めて振り返り、「フォン・ノイマンの哲学」に迫るのが、本書の目的である。そして、書き終えて改めて思うのは、やはり彼は、通常のセンスでは計り知れないということだ。ノーベル物理学賞を受賞したハンス・ベーテは、ノイマンのことを「人間よりも進化した生物ではないか」と述べているが、それが誇張ではないと思えるほどの人物である。

ノイマンは合理性を最重視し
非人道的手段をも容認した

書影『新書100冊 視野を広げる読書』(光文社)『新書100冊 視野を広げる読書』(光文社)
高橋昌一郎 著

 第2次世界大戦中、ノイマンは、日本人の戦争意欲を完全に喪失させることを最優先の目標として、「歴史的文化的価値が高いからこそ京都へ投下すべきだ」と原爆標的委員会で述べた。戦後は、アメリカから大量の原爆で先制攻撃を仕掛けて、ソ連のスターリン独裁政権を徹底的に壊滅すべきだと主張した。

 晩年のノイマンは、アイゼンハワー大統領の主要ブレーンの一員であり、陸海空軍長官をはじめ、ロスアラモス国立研究所やランド研究所といったシンクタンクの所長と対等に話し合える立場にまで昇りつめていた。ガンで倒れた彼の病室に大統領側近が勢揃いして彼のアドバイスに耳を傾けたのは、それだけノイマンが信任され、先見の明を期待されていたからである。

 もし彼が生きていたら、もっと早い段階で「ノートパソコン」や「スマートフォン」が誕生し、今頃は「量子コンピュータ」が実用化されていたかもしれない。ただし、犠牲を最小限にして最大利得を求める「ミニマックス戦略」を生み出した超合理的なノイマンは、キューバ危機や朝鮮戦争やベトナム戦争では、何のためらいもなく、核兵器の使用を大統領に進言したことだろう!

『フォン・ノイマンの哲学』のハイライト
要するに、ノイマンの思想の根底にあるのは、科学で可能なことは徹底的に突き詰めるべきだという「科学優先主義」、目的のためならどんな非人道的兵器でも許されるという「非人道主義」、そして、この世界には普遍的な責任や道徳など存在しないという一種の「虚無主義」である。つまり、ノイマンは、表面的には柔和で人当たりのよい天才科学者でありながら、内面の彼を貫いているのは「人間のフリをした悪魔」そのものの哲学といえる。(175頁)