農村部と都市部で戸籍が別なままでは
格差拡大し社会不安も増大か
今回の定年引き上げで、中国の社会保障制度の持続性がすぐに高まるとは考えにくい。最も重要なポイントは、戸籍制度にある。中国では、農村部と都市部で戸籍制度が異なる。
1958年に中国政府は戸籍登記条例を制定し、出生地と食料の配給とをひも付けた。飢餓に苦しむ農村部の住民が、都市部に流入するのを防ぐ意図があるとみられている。農村戸籍と都市戸籍とが別々なまま定年を引き上げても、就職や社会保障制度を含めた格差が是正されることは難しい。
それに加えて中国経済は、不動産バブルの崩壊により個人消費は停滞しデフレ懸念が高まっている。国有・国営企業を中心に過剰な生産能力が積み上がる一方で、IT先端分野では民間企業への規制が強化された。
事業環境が厳しさを増す中、企業は高齢者の雇用を延長しなければならなくなる。それは人件費の増大につながり、企業経営者の採用意欲をそぐはずだ。労働市場でのミスマッチも増えると予想される。若年層を取り巻く雇用・所得環境の厳しさは増し、個人消費や設備投資の下振れリスクが上昇する可能性は否定できない。
戸籍制度の本格的な改革をせず、定年だけを引き上げると、地域、世代間の格差問題が深刻化する恐れは高まるだろう。その結果、中国全体で社会保障制度を適正に維持することは難しくなる。
中国政府も、そうしたリスクは認識しているようだ。近年、政府は都市の人口規模に応じて戸籍制度の緩和・撤廃を進める方針を繰り返し示している。しかし、改革は一筋縄にはいかない。農村戸籍の場合、農地の利用が認められているため戸籍改革の前に土地改革が必要との指摘もある。
不動産バブルが崩壊して中国の経済メカニズムは限界を迎えつつある。隠れ債務問題など、地方政府の財政悪化も深刻だ。土地や戸籍の制度改革、不良債権処理の遅れなどが続くと、徐々に中国の国力が低下することも想定される。