苦労した母の生き様を辿れる付言
「どうか大事に使ってください」

付言例2

子どもたちへ、

 結婚を機に夫婦2人だけで小さな運送屋を始めました。そこそこ仕事も順調で、5、6年のうちに従業員を5人雇えるようになりました。

 そんな矢先、お父さん(夫)とある従業員とのいさかいが原因で従業員全員が辞めてしまったため、ドライバーはお父さん1人だけになってしまいました。でもお父さんはすごかったです。弱音なんか一切吐かずに「この人いつ寝てるんだろう?」と思うぐらい毎日早朝から深夜まで寝る間も惜しんで働いてくれました。でもやっぱり無理がたたったせいで、半年後、食事中に突然倒れ、くも膜下出血で亡くなりました。

 さあ困りました。あんたたち幼子3人抱えてるんだもの。でも悲しんだり悩んだりする暇もなかったです。お父さんの告別式が終わってすぐ、自動車学校に電話してペーパードライバー講習の申込みをしました。結婚当時に一応大型免許だけ取ってありましたが、長年運転していなかったですから。

 おばあちゃんにあんたたち3人を預けながら必死の毎日でした。取引先には別の業者に変えられないように「これからは私が責任を持って配送しますから引き続き宜しくお願いします!」と一軒一軒頭を下げて回りました。「奥さん運転できるの?本当に大丈夫?」と訊かれたときは「全然大丈夫です!」と胸を叩きながら即答しましたが、もちろん本音は不安しかなかったです。顔も引きつっていたかもしれません。

 でも不安とか怖いなんて言ってられませんでした。あんたたちの写真をトラックのダッシュボードに貼って、近場の宅配の荷物1個から何百キロも離れた長距離までなんでも受けて、来る日も来る日も馬車馬のように働きました。高速道路を走行中に衝突事故に巻き込まれそうになったことも数知れず。怖い事故も何度も目のあたりにしました。

 でもおかげさまで何とか曲がりなりにもあんたたちを大学に行かせることができましたし、少ないですが遺せる貯金もできました。どうか大事に使ってください。