得意であるはずの
外交姿勢への不安

 2つ目は外交姿勢への不安だ。

 その石破氏は、総裁選挙の期間中や首相就任会見で、「ルールを守る」「日本を守る」「国民を守る」「地方を守る」、そして「若者・女性の機会を守る」という5つの「守る」をスローガンに掲げてみせた。

「政策面で『攻め』る部分はないのか?」というのが率直な感想だが、この先も、同じ主張を繰り返すとしたら、真っ先に懸念されるのが、石破氏が得意としている外交・防衛分野である。人は案外、得意分野で失敗するものだ。石破氏も「そうならなきゃいいが」と危惧するのである。

 その1つが、石破氏が唱えている「日米地位協定の改定」だ。この問題は、アメリカ軍基地が集中する沖縄県だけの問題にとどまらず、これは1960年の締結以降、横田基地を抱える東京都や横須賀と厚木に基地がある神奈川県なども、航空機事故やアメリカ兵による犯罪に直面するたびに浮上してきた懸案事項だ。

 改定は、基地周辺の環境や生活衛生などに関して国内法を適用することや、事件・事故が起きた場合、アメリカ兵の身柄や事故機の機体を日本側に引き渡すことが柱で、石破氏の場合、これらに加え、アメリカ国内(本土やグアム)に自衛隊の訓練基地を設けることで対等な関係を目指すとしている。

 しかし、ワシントンDCにある保守系シンクタンクの研究員は、筆者の問いに、「次期大統領がハリス氏かトランプ氏かにかかわらず、そう簡単なことではない。先に日米安保条約を改正して、双務的な立場を築いてからの話だ」との答えを返してきた。

 石破氏は、「日本と同じようにアメリカ軍が駐留するイタリアやドイツは地位協定が改定できて、なぜ日本だけが改定できないのか?」と語っている。

 確かに、イタリアやドイツでは、アメリカ軍に対し、それぞれの国内法が適用されているが、地位協定そのものは改定されていない。イタリアでは「了解覚書」、ドイツでは「ボン補足協定」と呼ばれる文書がリニューアルされているだけだ。

 石破氏の主張で言えば、「アジア版NATO」の創設も危うい。そもそもNATOは、1949年に誕生した相互防衛を前提とする多国間軍事同盟で、アメリカとカナダ、それに欧州30カ国が加盟している。

 NATO条約第5条には、加盟国に対する攻撃は全加盟国への攻撃とみなし、侵略国家に反撃するという集団的自衛権の行使が明記されている。

 同じものをアジアに創設し、日米豪印に韓国やフィリピンなどを加えた国々で相互防衛体制を敷くとなると、憲法9条を抱える日本はたちまち難題に直面することになる。

 また、各国が国として承認していない台湾を率先して守る姿勢を示せば、台湾統一を目指す中国が日本を敵対視するという安全保障上のリスクを生じさせかねない。これでは、「日本を守る」どころの話ではない。

 政治学者で専修大学教授の岡田憲治氏は、近著『半径5メートルのフェイク論』(東洋経済新報社)の中で、「忘れがちなのは、戦争の反対概念が平和ではなく、『対話』だということです」と指摘している。

 これには筆者も同感だ。石破氏の場合、いきなり「アジア版NATO」を唱える前に、習近平総書記との対話の模索から始めるべきだったのではないだろうか。

 実際、中国と国境紛争を続けているインドは、早速、石破氏の「アジア版NATO」に異を唱えた。訪米したインドのジャイシャンカル外相は、10月1日、「我々はそのような構想は考えていない」と明言している。なぜなら、インドは、QUADなど対中国の枠組みを利用する前に、2国間による対話での解決を目指しているからである。