「売り上げを下げたほうが利益が出るなんて」「『無収入寿命』という概念に目からウロコ」「あっというまに利益が6000万円増えた」……。刊行後、読者となった経営者から続々とこうした声が寄せられた『売上最小化、利益最大化の法則』。著者の木下勝寿氏が経営する北の達人コーポレーションの「高利益率の経営」の秘密とは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

売上最小化、利益最大化の法則Photo: Adobe Stock

売上の大きな会社は、本当に魅力的なのか

 北の達人コーポレーションという会社をご存じだろうか?

 Eコマースを中心に事業を展開し、高い利益率で株式市場からも評価されている企業だ。

 代表の木下勝寿氏は1968年生まれ。リクルート勤務後、2000年に独立。2002年に北の達人コーポレーションの前身となる企業を立ち上げ、2012年に札幌証券取引所アンビシャス市場に上場。翌年から札証本則市場、東証二部、東証一部と史上初の4年連続上場を果たす。2019年には、木下氏が「市場が評価した経営者ランキング」第1位(東洋経済オンライン)にも選ばれた。

 そんな木下氏の経営メソッドが詰まっている『売上最小化、利益最大化の法則』はロングセラーになり多くの読者から支持されている。いったい木下氏の経営のどこがすごいのだろうか?

 大きな特色は、何より実践的であること。そして、既成概念を打ち砕かれるところだ。例えば本書で最初に展開されるのは、「なぜ売り上げよりも利益が大切か」だ。

 年商100億円で利益1000万円のA社と年商1億円で利益1000万円のB社があるとする。さて、あなたは、どちらの会社を経営したいだろう。

 一見すると、売上の大きな会社のほうが魅力的に見える。それに対して著者はこのように言うのだ。

だが、見方を変えれば、A社のほうが100倍仕事をしている。100倍苦労しているとも言える。
最終利益が同じなら、労力100分の1で効率よく利益を上げたB社のほうがいい。
(P.1)

 売上は100倍だが、手間も100倍だということ。トラブルが起こる確率も高まる。利益が同じなら、売上が大きいほうがリスクは高いというのだ。

売上ゼロでも、いつまで経営が維持できるか

 なぜ売上より利益なのか。それを理解するのに、木下氏が紹介しているのが、「無収入寿命」という考え方である。

 経営者の最大の使命とは何か。それは、会社をつぶさないこと。そして、商品が売れなくなるリスクは常にある。だから、そうした事態に備えることが重要なのだ。では、どう備えるのか。

それは「無収入寿命」を長くすることだ。
無収入寿命とは、売上ゼロになっても経営の現状維持ができる期間を指す私の造語だ。
現状維持とは、減給などのコスト削減なしで全従業員の雇用を維持し、家賃の支払いができること。
無収入寿命は、簡単に言うと、借金などを差し引いた純粋な手元資金で、家賃や給料などの月額固定費を、何か月分賄えるかということだ。
(P.26-27)

 長く経営をしていると景気が悪くなったり、新型コロナのような突発事態が起きて売上がゼロになる可能性がなくはない。

 そんなとき、「社長、うちの会社、大丈夫ですか」と従業員に聞かれて、「大丈夫だ。24か月は全社員の給料も家賃も払える。その間に新規事業を軌道に乗せよう」などと明確に答えられるかどうか。

 そのためにも、無収入寿命を正確に把握し、少しずつ無収入寿命を伸ばしていくことが必要になる。

 無収入寿命をのばすには、4つが必要だという。

1 無収入寿命を何か月にするか目標を決める
2 月次決算時に無収入寿命を算出する
3 純手元資金の目標額が貯まるまで、大きな投資をせずにコツコツ貯める
4 純手元資金の目標額が貯まったら、安心してチャレンジする
(P.27-29)

 無収入寿命をのばすという考え方は、経営の神様と呼ばれた松下幸之助が説いた「ダム経営」と同じだ。ダムが水を貯め、流量を安定させるような経営をすべき、ということ。

 ところが、多くの経営者はおかしな思い込みを持ってしまっている。利益よりも、売上にばかり目が向いてしまっているからだ。

 無収入寿命の考え方は、家計を預かる人の立場で考えたら、当たり前のことだろうと著者は言う。

 働き手が何らかの理由で失業してしまったら困る。だから、アクシデントに備えて、生活費を貯めている。預貯金がほとんどない状態なら、借金してまで住宅や自動車を買わないだろう、と。

だが、会社では平気でそれをやる。
多くの経営者は「売上を上げるには投資が必要」と思い込み、手元資金がないのに銀行などから借入をして設備投資をする。
家計では絶対やらないのに、経営でやってしまうのは、「経営にはカネがかかる」「投資が必要」という思い込みがあるからかもしれない。
(P.30)

 また、多くの経営者は、在庫などの棚卸資産の適正処分ができない、とも言う。棚卸資産があると、損益計算書(P/L)上は儲かっているように見える。儲かっているように見せないと、銀行から融資が受けられないからだ。

 しかし、銀行から借入しようと思わなければ、その必要はない。手元資金がないのに売上をなんとか伸ばそうとして借金して投資するのは、はたして「永続的経営」なのか、と説くのだ。

 木下氏がこうした考えに至ったのは、自身が手元資金ゼロから出発したことが大きい。ネット通販事業を立ち上げ、なんとか軌道に乗せたが、待っていたのは取り込み詐欺だった。全財産を失った。

創業1年半、ようやく貯めた120万円がすっからかんになった。
偶然だが、詐欺に遭った金額と手持ち資金が同額だった。(中略)
周囲から心配されたが、私は意外とさばさばしていた。

「マイナスになったわけではない。借金を抱えたわけでもない。今から起業したことにしよう。それに将来成功したときに、このエピソードは本を書くときや講演のネタとして使える」
(P.52)

 経営をしていると、不況やトラブルに巻き込まれる。それを早いタイミングで知ることができた。だから、影響は甚大にならずに済んだ。

 会社には、売上を上げること以上に大事なことがあるのだ。それは、利益を得て、無収入寿命を伸ばすこと。経営に対する妙な思い込みは、極めて危険なのだ。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。