複雑な事業環境で経営戦略とブランド戦略を一体化する必要性

 私は90年代に新卒でNECに入社して、プロダクトデザイナーとして働き、後に他の会社に移った。NECに再び招聘されたのは2020年5月のことである。私に与えられたのは、本部格となったデザインセンターのトップのポジションである。それまで新規事業開発部門内の一組織であったデザインセンターが格上げされたことに伴って必要になったポジションだった。

 私が以前に所属していた頃のNECは、BtoBビジネスだけではなく、携帯電話やパソコンなどのBtoC事業も手掛けていた。しかし現在のNECは、通信、DX(デジタルトランスフォーメーション)、社会インフラ、宇宙事業など、BtoBに特化した多様なビジネスを推進するコングロマリットとなっている。このような企業体におけるブランド戦略とはどうあるべきか。そこにおいてデザインの力はどう発揮されるべきか──。それが、20年にデザインセンターの責任者となってから、私の中に一貫してあった問題意識だった。

 例えば、特定の製品を開発し販売するビジネスに特化したBtoC企業であれば、ブランド戦略は比較的シンプルである。その製品が企業価値をそのまま表現してくれるからだ。しかし、多岐にわたるBtoBビジネスを手掛けるコングロマリットの場合は、全ての事業を包括するトータルなブランド戦略が必要になる。では、そのようなブランド戦略が目指すものは何か。先に述べたように、企業価値を高めることだ。現在そして未来の顧客、ビジネスパートナー、投資家、従業員。そういったステークホルダーに、この会社には大きな企業価値があり、それが日々向上していると実感してもらうこと。それがブランド戦略の目的である。

 そのようなブランド戦略を立案し実行するためには、経営チームにデザイン領域のトップが参画する必要がある。まさに、〈「デザイン経営」宣言〉に書かれていたように。しかし、経営に参画する形をつくった上で、何をすればいいのか。そこまでは〈「デザイン経営」宣言〉には書かれていない。だから、私自身がそれを考えなければならない。NECという企業においてまずやるべきことは、デザイン機能(デザイン、ブランド、コミュニケーション)を経営企画部門の一部にすること、すなわち組織改革である。そして、経営戦略とブランド戦略を一体化させることである。

 20年から24年までのおおよそ5年の間、私が取り組んできたのはそのような組織改革だった。グループ企業を含めて10万人以上の従業員を擁する巨大企業であるNECの組織を変えるのは、むろん簡単なことではない。しかし、私はその取り組みを進め、デザインを会社のコア機能にし、さらに私自身がCDOになるという形をつくることに取りあえずは成功した。これが完成形であるとはまだまだいえないが、デザインを経営と一体化するという当初の目標は達成することができた。その取り組みの具体的な内容と、そこから見えてきた私なりの「CDO像」をこの連載でお伝えしていきたいと思う。

(第2回に続く)