ノンフィクションライター・甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』が話題だ。入居金が数億を超える「終の棲家」を取材し富裕層の聖域に踏み込んだ本書では、これまで分厚いベールに包まれてきた富裕層の老後が描かれている。本記事では、書籍の出版を記念して内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。
兵庫県有数の
「高級老人ホーム」
「どれもフェイクです。壁に飾られとる絵や高そうな壺も全部偽物です」
老人ホーム「真理の丘」(仮名)の現役スタッフ、赤山照子さん(仮名)はそう話す。兵庫県内の飲食店で会った彼女は、絶対匿名を条件に施設の内情について滔々と語り始めた。
県内有数の高級住宅地と知られるエリアの高台に建つのが真理の丘である。運営は社会福祉法人で、関西圏で介護事業を手広く展開している。館内は数々の名画で飾られ、そこで暮らす人々は、毎日のように洒落た洋菓子店から取り寄せたデザートを囲み、アフタヌーンティーを楽しんでいるという。食器はもちろんロイヤルコペンハーゲン。まるで絵画の中のワンシーンだ。
この施設は関西の富裕層をターゲットとした老人ホームであり、テレビでも施設の“高級感”を押し出して度々取り上げられている。
「人手不足」が原因で……
真理の丘は約80室の規模がある入居型の老人ホームだ。ケアハウスとも呼ばれている。
パンフレットを見ると、「手厚い人員配置」と記されていた。介護保険法で定められた、入居者3名に対して介護職員1名が付くという基準を上回り、入居者2名に対して介護職員1名という手厚い体制をアピールしている。
ところが赤山さんは「それはウソやね」と一蹴する。
「以前テレビで取り上げられたときは、入居者さん一人に何人もスタッフが付いているかのように映っていました。撮影のときだけスタッフをかき集めているんですよ。現実は、人が全然足りてません」
それどころではない。赤山さんが続ける。
「女性のスタッフが、身体の大きな入居者さんの入浴介助をしたときのこと。一人だと事故が起きたら大変なので、別のスタッフに介助を手伝ってもらったそうです。すると、それを知った上司が、『人が足らんのやから一人でやれ!』って女性スタッフを怒鳴りつけていました」
パワハラとも取られかねない言動をとった上司は、「今後入居者がさらに増えたら業務量も増えていくのに、あなたは一人で入浴介助もできないってことですね」と、女性スタッフに詰め寄ったという。
入居者のことより、自分たちの仕事の効率が優先され、まともな職員はどんどん辞めていく。そして、いつも人が足りていないのだと赤山さんは嘆く。
彼女の話では、介護スタッフだけでなく一時は清掃スタッフが全員辞めてしまい、清掃作業が行われない状態が続いたこともあるそうだ。
もっとも、テレビクルーが撮影している間、他の入居者に手が回っていないことを考えれば、施設は入居者よりも宣伝活動を優先しているとも言えるのである。
過剰なPRのウラには、高級とはいえない実態があったのだった。
(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)がある。