ムーミントロールは大満足でした。だれひとり、自分より先にここに来たものはいないのです。このぜんぶが自分のものなんです。(『海へいく』p.95)

 なにしろこの場所は、ムーミントロールが生まれてからずっと彼を待っていたのです。(中略)(もし百万のアリが同時にこの場所を好きだったとしても、ぼくの好きには勝てないぞ)(『海へいく』p.97)

男性器の露骨な隠喩
「まんまるキノコぼうや」

 そのムーミントロールを2頭の美しいうみうまが思春期へといざないます。ムーミントロールは彼女たちをうっとりと眺めます。彼女たちとの交流の場面は独特のエロティシズムを漂わせています。

 2頭のうみうまは、こっちへ泳いできましたが、ひざまでの深さのところに立って、

「わたしよ」

「わたしよ」

 2頭ともそういいながら、くすくすと笑いつづけました。

「わたしを助けてくれるの?」

 と、1頭がいいました。

「ねえ、太っちょのナマコちゃん、毎日わたしの絵をながめてるんだって?そうなの?」

 もう1頭がとがめるようにいいました。

「ナマコじゃないわよ。この子はまんまるキノコぼうやよ。それに嵐になったらわたしを助けてくれると約束したのよ。ママのために貝がらを集めているたまごの形をしたキノコのぼうやよ。ねえ、かわいいじゃない!かわいいわ」

 ムーミントロールは、顔が熱くなるのを感じました。(『海へいく』pp.219-220)

「太っちょナマコちゃん」や「まんまるキノコぼうや」は、直接的にはムーミントロールの体型をからかっているのでしょうけれども、隠喩的には男性器のあからさまな仄めかしとして読むこともできます。2頭のうみうまのここでのイメージは、うぶな若い男性を相手として客引きをする娼婦のはずです。二村さん(編集部注/AV監督・文筆家の二村ヒトシ。横道誠氏の著書『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』に「大人のテーマが描かれている(ように僕には思える)ムーミン・シリーズ」というコラムを寄稿)は、うみうまがカレンダーの絵から出てきた存在だと暗示されていることから、ピンナップガールを連想させると言っていましたが、私も同意見です。