60歳代の優秀な社員に長く会社にいてもらうには?

「Dさんにもうひとつ聞きたいことがあります。会社では新卒者のほか通年で中途採用をしていますが、若手社員が集まらなくてどの部署も人手不足なんです。そこで来年の3月定年退職者から、社員によって異なる定年制度を導入し、60歳代でも優秀な社員には長くいてもらえるようにしたいんですが、可能ですか?」

<社員によって異なる定年を運用する場合の注意点>
○ 企業が社員によって異なる定年制を設けること自体、法律上の問題はない。例としては、一般職60歳・現場職65歳・工場長は70歳などと、職種や特定の役職ごとに異なる定年を定めている企業もある。
○ 異なる定年を設定する場合、次の点を確認すること。
(1)性別や学歴、社員の能力差などによって定年を変えることは、法的に差別的な取り決めとみなされるため不可である。
(2)特定の基準に基づいて定年を変えることは、社員間で不公平感を生じさせ、モチベーションの低下に繋がる可能性があることを認識すること。
(3)(2)のリスクを回避するためには、公平で透明性のある基準を設けることが重要である。一部の社員に不利益が生じないようにする。
(4)社員に対しては説明会の開催等を通じて、定年に関する会社のポリシーや制度の変更点を明確に伝えることが大切である。社員の働き方や退職金などの賃金、ライフプランにかかわることなので、納得が得られるようにしたい。
(5)定年延長は一般的には人件費の増大に繋がる。給与、賞与、退職金の設計を見直す必要性も生じるため、即座に運用を変更できない。

 C部長はため息をついた。

「社員の能力で異なる定年を設けるのは難しいか……。それでは、今うちで行っている再雇用制度に加えて、Bさんのようなケースの社員のみ勤務延長制度を新しく導入して、両方運用するのはどうでしょう?」
「再雇用制度と勤務延長制度の両方を運用することはできますが、その場合も、先ほど説明した定年制の導入と同じような段階を踏む必要があるので、運用開始まで時間がかかります。ご相談頂ければ制度をつくるお手伝いができますよ」

 C部長は翌日の午前中、甲社長を訪ねた。D社労士から受けたアドバイスに基づき、Bの雇用契約を勤務延長から再雇用に変更し、給与は従来通りで年2回の賞与は退職金がない分も合わせて額を計算することを提案し承認を得た。そして午後、Bに対して事情を説明し了承してもらった。

 AもC部長から、「B君の件だが、君の指摘通り就業規則に定年延長の項目はなかった。だから再雇用で65歳まで働いてもらうことにしたよ」 と聞かされたが、それでも給料やボーナスの条件がBと自分とでは違いすぎるので釈然とせず、再雇用の最終意思確認を保留にしていた。

「定年退職して他で仕事を探そうかな」妻に相談してみると……

 その日の夜、モヤモヤした気持ちが収まらなかったAは、他社の総務課で働いている5歳年下の妻にBの件を愚痴った。

「会社に行く気が失せたから、定年退職して他で仕事を探そうかな」

 この態度に妻は激怒した。

「そんな理由で再雇用を断るなんて信じられない。第一、他に仕事のアテはあるの?」
「世の中は人手不足。ウチの会社だってそうだし……どこかで雇ってくれるだろう」
「ノンキなこと言わないで。いくら人手不足でも、社内での実績がない高齢の新入社員にいきなり月給30万円+ボーナス60万円も払うところはないわ。家のローンがまだ残っているし、下の子供が大学を卒業したばかりで貯金もない。だから甲社で働いた方がいいって」

 妻の言葉に冷静さを取り戻したAは、翌日C部長に「当初の予定通り再雇用でよろしくお願いします」と言い、再雇用契約の最終意思確認書を提出した。C部長は心からほっとした。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため個人名は全て仮名とし、一部を脚色しています。