永遠の生命(芸術)の美しさ
母と父は讃え合っていた

 父は母に、自作の詩を書き綴ったこの詩集を贈り、母はそれを本棚に収め、私は10代の頃に両親の本棚からこの詩集を抜き取って読んだあと、自分の本棚に収め、以後ずっと、手元に置いておいた、ということだろう。

 私が萩原朔太郎の熱心な愛読者であった、ということではなく、父の詩が書かれているがゆえに捨てられず、アメリカまで持ってきて、今もまだ所有している、ということだろう。

 なんだか他人事のように書いてしまったけれど、実のところ、特にこの詩集を宝物のようにして大事にしてきた、というわけではない。あるときには、どこかへ紛れ込んでしまって、探しても見つけ出せなかったこともある。

 ページが全部、焦げ茶色になり、ぼろぼろになりながらも、それでもなぜか、今も私の傍らにある。70年前に書かれた、この詩と共に。

  こけし人形に

美しき人を愛する喜び。愛される幸せ。
素直な優しい人に語る喜び。語り合う愉しさ。
ともすれば失わんとする貧しい心に
力強い生命のいぶきを与える人--私はその人を愛する。
清純さと粗ぼくさと そして優しい微笑を私は愛する。
生活からくる未来への絶望的暗さや頽廃した幻覚を捨て去り
真実、明日を信じ、永遠の生命(芸術)の美しさを
賛えた人--私は、何んと云ってもその人を愛する。
 一九五四、一、十三

 可憐な恋心のあふれる母の詩に負けずとも劣らず、父の詩は、実に力強い愛と信念に貫かれている。「優しい微笑」をたたえた「優しい人」を「私は愛する」と、若き父は声高らかに歌っている。

 ふたりは貧しい生活を送りながらも、白い橋の上で、明日への希望を語り合い、芸術を讃え合ったのだろう。