
ニューヨークのウッドストックに住む作家、小手鞠るいの元に父から届いた「マンガ自分史」。味のあるタッチで描かれた漫画をSNSに投稿すると、たちまち評判となり、書籍化もされた。そんな父が綴った自分史には、それまで知ることもなかった、父と母の大恋愛も描かれていた――。※本稿は、小手鞠るい『つい昨日のできごと:父の昭和スケッチブック』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。
父が母を相手に
「迷解説を試みる」
絵日記に書かれている父の言葉を引用すると、1歳年下で、生まれも育ちも備前の「米田久子主任に一目惚れ(?)する」――。
デートはもっぱら自転車で、父が母をうしろに乗せて家まで送り届けたり、後楽園へ行って、父が母のスケッチをしたり、知り合って1年後に日赤病院で右眼の手術を受けた母を見舞ったりもしている。倉敷にある大原美術館へも行って、西洋絵画に詳しい父が母を相手に「迷解説を試みる」と記されている。

中学校を卒業して、すぐに交換手として働き始めていた母は、あとから入ってきた父の上司だった。
父の話によれば、母は、部下である父の机の引き出しに、しょっちゅう、ラブレターを忍ばせていたという。本当だろうか。あの、毒舌家で気の強い母に、そんな乙女チックなことをする一面があったとは。
「お母ちゃん、ほんと?」
母に尋ねたら、きっと「阿呆!そんなこと、するわけがねぇじゃろ」と、頭から、角か湯気を出されそうだ。