夕方、1軒の廃屋がぽつんと現れた。まわりは相変わらず灰色の荒野で、風が唸り続けている。よくこんなところに住もうと思ったものだ。

 屋根もなく、コンクリートの壁がわずかに残っているだけで、まるで遺跡のようだった。風よけにはなりそうだったので、廃屋の中にテントを張って寝た。

1人の旅人vs荒野の店主
食パン「360円」の静かな攻防

 次の日は風も少し弱まり、といっても並の台風ぐらいの暴風は吹いているのだが、その中をふらふらと進む。

 灰色の荒野に色が浮かんだ。湖だ。平らな大地に小さな湖と、そのまわりに薄い緑が広がっている。湖のほとりに家があった。煙突から煙が出ている。人がいる!信じられない思いで足に力を込め、ペダルをこいだ。

 家はその1軒だけだった。店をやっているようだ。風から逃れるように中に入ると、暖炉の熱とパンの甘い香りに包まれた。ウッディな店内にランプがいくつもぶら下がっている。こんなしゃれた店がなぜこんな荒野に?

 書店の主人を思わせる男性と2人の子供がいた。タバコやスナック菓子と並んで山形食パンが棚にあった。ありがたい。食料が残り少なくなってきていたのだ。

 食パンは日本の一斤と同じぐらいの大きさだった。値段を聞くと3ペソだと言う。

「えっ?」

 日本円で約360円。いつも食べているバゲットの3倍だ。僻地だからコストがかさむのかもしれないが、それにしても高すぎる。旅行者と見てふっかけているんだな。

 僕は愛想笑いを浮かべ、「まけてくれませんか」と言った。

「ノ(できません)」

 主人は苦笑しながら言った。この400キロの荒野の中で唯一の店だろう。こっちに選択肢がないのをわかっているのだ。

「じゃあいいや」

 ここに1日何人の客が来るというのか。向こうは向こうで客を逃したくないはず。値段を下げてくる。そう踏んだ。