「当事者の意見を聞かなかった」
石破首相は参議院通過後に方針転換
この予算案は3月4日に衆議院で可決されたが、前述のように高額療養費の上限額が引き上げられてしまうと、そもそも制度の適用にならず、多数回該当の利用もできない。それは、治療を諦めざるを得ない患者を少なからず出してしまう可能性がある。
そうした事態を避けるために、予算案の衆院通過後も患者団体は高額療養費の見直し凍結を求めて活動を継続。東京都医師会をはじめとする複数の医療者団体もその訴えを支持するなど、高額療養費問題は大きなうねりとなっていった。
その結果、当事者である患者の意見を聞く機会を設けずに政策決定に至ったプロセスに丁寧さを欠いた」として、石破茂首相は3月7日の患者団体と面談後に自己負担限度額の引き上げ見送りを発表したのだ。予算案が衆議院を通過したあとに方針転換するという異例の対応となった。
そもそも、今回の高額療養費の引き上げは、23年12月に閣議決定された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」に盛り込まれたことに端を発したものだ。引き上げの根拠は、高額療養費の実行給付率(公的な医療保険で賄われている割合)が伸びていることや、労働者の賃金が上昇していることなどが挙げられている。
だが、実際には社会保障費の自然を抑え、少子化対策の費用を捻出するために、数字の帳尻合わせで強引に進められた感がある。
審議の場となった厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会での議論は、わずか4回でギリギリまで具体的な引き上げ額は提示されなかった。患者団体など当事者の意見聴取も行われたおらず、石破首相も認めた通り、引き上げまでのプロセスは「丁寧さを欠いた」ものだった。
とはいえ、増え続ける医療費をこのまま見過ごすことができないという現実もある。12年度に39.2兆円だった国民医療費は、22年度には46.7兆円まで増加している。23年度は概算で47.3兆円となっており、高額な医薬品の登場などによって、今後も医療費は増加していくことが予想されている。
こうした環境のなかで、今後も国民皆保険制度を維持していくためには、医療費の削減議論は避けては通れないことだろう。その手段として、今回ターゲットとなったのが高額療養費の引き上げだったわけだが、果たして、その選択は正しいものだったのか。