なぜ、政府は真実を恐れなくなったのか。それは、「真実が私たちに与える影響がほとんどない」と見なしていたからだ。つまり、たとえ真実を知ったとしても、世論が政府を批判することなどないと、政権が考えていたからだ。

政府の嘘が世論に
受け入れられる理由

 なぜ、世論は政府の嘘を批判しないのだろうか。それは、たとえ嘘であったとしても、湾岸戦争の「物語」によって国民が自尊心を回復できるからである。

 その物語を嘘として批判することは、それと引き換えに、国民が再び自尊心を失うことを意味する。このとき国民には、真実を重視して自尊心を失うか、自尊心を重視して嘘を受け入れるか、という二者択一が迫られる。そして当時のアメリカ国民は、後者を選んだのである。テシックは次のように述べる(筆者訳)。

 私たちは急速に、全体主義の怪物たちが夢想することしかできなかったものの試作品(prototypes)になりつつある。これまでの独裁者たちは、真実を抑制することに懸命に取り組まなければならなかった。しかし私たちの行動は次のように証言している。すなわち、私たちにはもはや真実が必要ない、私たちは真実の意義を剥奪できる精神的なメカニズムを手に入れた、ということだ。非常に根本的な意味で、自由な人間として、私たちはポスト・トゥルースの世界で暮らしたいと、自ら決断したのだ。
(Steve Tesich, A Government of Lies, The Nation, Vol. 254(1) , 1992, 12-14.)

 テシックによれば、情報の真実性が重視される時代が「トゥルース」の世界であるのに対して、真実よりも、私たちの自尊心を満たしてくれる情報が重視される時代が、「ポスト・トゥルース」の世界である。

 注意するべきことは、ポスト・トゥルースは、単に権力が嘘をつく世界ではなく、その嘘を隠そうとすらしなくなり、その結果、嘘をついているか否かということが、もはや重要ではなくなってしまう世界である、ということだ。

オバマ元大統領は過激派の「創始者」?
嘘だらけのトランプ氏が勝利

 もっとも、ポスト・トゥルースという言葉はすぐに普及したわけではない。この言葉が注目を集めるようになるのは、2016年においてである。

 この年、アメリカでは大統領選挙が行われ、民主党を代表するヒラリー・クリントンと、共和党を代表するドナルド・トランプが争った。結果的に、選挙はトランプの勝利に終わったが、彼はその過程で、事実と異なる主張を繰り返したことで、話題となった。