繰り返しになるが、事の始まりは、昨年末の衆院選だった。自民党が圧勝、民主党は惨敗を喫した。そして12月26日、安倍内閣が「3本の矢」による脱デフレを金看板にかかげて登壇したのである。
インパクトがもっとも大きかったのは第1の矢「大胆な金融政策」だった。2%のインフレ目標が達成されるまで無制限の量的金融緩和(銀行からの国債買い上げ)、すなわち「異次元」金融緩和を推し進めるとの黒田東彦日銀総裁の声明を、株式・外国為替市場とも好感をもって受け止め、5月22日までは株高と円安が一本調子で進んだ。
続く第2の矢「機動的な財政政策」では、2012年度補正予算と13年度本予算で「国土強靭化」の名のもと公共事業費が大盤振る舞いされた。肝心の第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」は、第1弾、第2弾、第3弾と3段ロケットさながら放たれたのだが、その効果についての評価は割れている。
アベノミクスが歓迎された背景には、無理からぬ日本の事情がある。
1991年3月にバブル崩壊不況に陥って以来、実質経済成長率は平均年率0.9%、名目成長率はマイナス0.2%といった有り様。雇用者に占める非正規雇用者の比率は、1995年に20.8%だったのが、2013年には36.2%にまで膨れ上がった。この間、雇用者数そのものは、ほぼ一定数を保っている(労働力調査)。それも非正規雇用者のうち、5人に1人は正社員の仕事にありつけず仕方なく――好き好んでではなく――非正規の仕事に就いている潜在的失業者とのことだ。1999年度以降、2007年度をのぞき、賃金は下がり続けている。大学生の多くは就職難にあえぎ、低賃金労働に甘んじざるをえない中高年者も多い。
老若を問わず、生活苦、失業、事業不振、就職失敗など「経済・生活問題」に根ざす自殺者数が増加している。ゼロ成長と正規雇用の絞り込みがもたらす、人びとの「苦しみ」と「痛み」は極限にまで達していた。にもかかわらず、日本人はなぜか寡黙だ。逆に、政治家も経済学者も「声なき声」を聴くに足るだけの感性を欠いていた。