企業成長のカギを握る
「経営者サービス」
ペンローズは、企業が収穫逓減の法則(限界生産力逓減の法則)に支配される新古典派経済学の経済観ではなく、競争市場でも収穫逓増がありうることを説明していきます。
物的資源・人的資源は全部利用されているわけではなく、これらをどのように活用し、蓄積し、新しく利用するかが重要になります。カギを握るのは「経営者サービス」だ、と読み取れます。「経営者サービス」という言葉は聞きなれない用語ですが、企業の生産活動に貢献する「サービス」といった意味です。
訳者の日高教授はこう書いています。
特にmanagerial servicesはキーワードである。これは文脈によって、トップ・マネジメントのみ、広く管理職層全般、あるいは比較的現場に近いマネジャー層と想定対象が異なるように思われたが、あえて訳し分けせず、「経営者サービス」で統一した。ペンローズはこの言葉を、かなり幅をもたせて使っていることをお含みいただきたい。(371ページ「訳者あとがき」より)
限界のない企業成長を構想するにはどうすればいいのか、ペンローズの思考の結末は多岐にわたり、一言でまとめられるような簡単なものではありませんが、本書の最後に「一」から「九」まで「結論」としてまとめられています。これは本書をお読みいただくとして、「経営者サービス」について記述している部分から紹介します。「第4章 合併をともなわない拡張――マネジメント上の限界の後退」の一節です。
ほとんどの状況においては、拡張のプロセスのなかで新たな経営者サービスが作り出され、企業に利用可能なものとして残ると考えることができる。かなりの規模の拡張はいかなる場合でも通常、新しい人材の獲得と既存の人材の昇進や再配置をともなう。経営組織の新たな下位部門がつくられ、経営機能のいっそうの分権化が起きることは珍しくない。(85-86ページ)
「経営者サービス」は現場管理職まで含まれる場合があることを思い出してください。
成長が進むにつれて、企業の管理構造は変化する。すなわち、より多くの権限が「ラインの下部」に委譲されるようになり、決められた領域での権限をもつ数多くの責任者が生み出される。下部の責任者が決められた分野で下す決定は滅多に覆されない。その意味で、権限の委譲は、実質的に「最終的な」ものともいえる。責任者の決定が受容しがたいものである場合、彼らは異動させられるが、彼らの元の職位に付与された権限は変わらずに残る。しかし、責任の「最終的な」委譲は不可能である。企業における責任は、階層制という考え方自体が意味しているように累積的なもので、たとえそのプロセスのなかで事実上、責任が実際の「権限」から乖離してしまうとしても、責任は常に「トップ」に完全に集められなければならない。最終的な責任の集中をそのまま残しつつ、権限と下位の責任の漸進的な分権化を進めることが、企業が比較的小規模という枠を超えて成長を続けるための一つの必要条件である。(86ページ)
つまり、権限と下位の責任の分権化によって「経営者サービス」を蓄積し、企業内の未利用物的・人的サービスを活用することにつながるというわけです。
その後、経営学(MBA)ではペンローズの考え方を基盤にして「ケイパビリティ」が重視されていきます。「ケイパビリティ」とは、企業の組織能力のことで、競争市場で優位を得るための重要な要素です。人的・物的資源を洗い出して戦略を立てることを、ケイパビリティ・ベイスド・ストラテジー(Capability Based Strategy)というそうです。