あの上司が怒る
「目的」を考える

──でも、そこまで洞察できたとしても上司が怒鳴り散らすことに変わりはありませんよね。

岸見 そこでアドラー心理学では「課題の分離」という考え方を採ります。上司はただ自分の個人的な目的を達成するために怒っている。だとすれば、その怒りにどう折り合いをつけるかは上司の課題であって、自分の課題ではない。ましてや、怒りの圧力に屈してしまう必要などない。

われわれは承認欲求から<br />逃れられるのか?

古賀 逆にいうと、「わたし」の行為について他者がどのような評価を下すのかは、「わたし」にコントロールできるものではないし、気にする必要もないということですね。

岸見 ええ。理不尽に怒っている人を前にしたときに大切なのは、その人が怒る「目的」を考え、怒りをツールに自分を支配しようとしているのだと理解することです。その洞察さえできてしまえば、こちらが感情的になることもないし、受け流すこともできるでしょう。間違っても、売り言葉に買い言葉のようなかたちなってはいけません。相手はあなたに「権力争い」を挑み、屈服させようとしているのですから。

古賀 この「課題の分離」ができるようになるだけで、対人関係は大きく変わりますよね。実際、読者の方々からの反応も、「課題の分離」に関するものは非常に多かった印象があります。

──怒る上司は、心のどこかに劣等感を抱えているのですか。

岸見 そもそも、仕事の目的はなにかを考えてみましょう。仕事の目的は、なにかしらの課題を解決して、プロジェクトを成功に導くことですよね。でも、仕事がうまくいかないことを予期していたり、自分に自信を持てていない人ほど、別のかたちで自分の「力」を見せつけようとする。もしも仕事がうまくいくのなら、怒りの感情などに頼る必要はないのです。

古賀 あと、岸見先生は「怒りっぽい人は、怒り以外の有用なコミュニケーションツールを知らないだけだ」という言い方もされていましたよね。

岸見 そうですね。家族や恋人との口喧嘩であれ、部下に対する叱責であれ、相手に自分の意見を聞いてもらいたくて大声で怒鳴ったりしているのですよね? だったら、怒りなんて道具に頼る必要はなく、落ち着いて、平静な言葉でお願いすればいいのです。きっと、それでは「勝てない」と思って、怒鳴ってしまうのでしょう。でも、これは勝ち負けを争うものではない。お願いをして断られたら、あきらめるしかありません。