言い出せないIT部門
冒頭の情報システム部長さんが面倒を見ているITも、まさにそんな状態でした。複雑怪奇に入り組んでいるため、「遅い、不安定、変えられない、高い」の四重苦です。
例えば、商売の土台として使っているWebサイトがトラブルで使えなくなると、時間あたり何百万円もの損失です。顧客の心証も悪くなる。
当然、ITを安定させるのは最優先ですが、複雑過ぎて、ひとつのミスがすぐに大きなトラブルに繋がってしまう……。
しかし情報システム部長の立場からすると、「ウチのITが熱海の旅館だから、トラブルが多いんです」とは言い出せないものです。自分自身が何年間も育ててきたITですから。
もうひとつツライのは、熱海の旅館を建て直したとしても、すぐに売上げや利益に直結しないことです。
しいて言えば「いままでどおりにビジネスが継続できること」がかけがえのないメリットなのですが、「投資に見合った利益のリターンはあるのか」と問われると、なんとも分が悪い。
かくして「なんでウチのITは、遅くて、トラブルも多く、維持費もこんなに高いのか!」という経営者と、抜本的な手を打ちたくてもなかなか踏み切れないIT部門との間で、断絶が生まれてしまうのです。
伊勢神宮の「式年遷宮」を見習え!?
会社のITに責任を持つCIO(情報担当役員)の間で、密かに支持されているコンセプトが「ITの式年遷宮」です。わたしは、3人のCIOから別々にこの話を聞いたことがあります。
式年遷宮とは、伊勢神宮の社殿を20年ごとに建て直し、ご本尊を引っ越しさせる習わしのこと。新しい社殿は古いもののすぐ隣りですから、わざわざ引っ越しをする意味が、現代人にはわかりません。
しかし、長い間の建て増しで熱海の旅館になってしまったITを、最新のテクノロジーを使ってゼロから作り直すプロジェクトは、どこか式年遷宮に似ています。
伊勢神宮の式年遷宮には、宗教的な意味とは別に「宮大工の技術伝承のためにやっている」という説もあります。
20代で前回の式年遷宮に参加した大工さんは、次の式年遷宮を40代のまさに油の乗り切った時に迎えます。
こうして技術を絶やさず伝えることができる。むしろ、そのためにわざわざ遷宮をやっているのではという説です。
ゼロから会社のITを再構築するプロジェクトに参加できる機会は、それほど多くはありません。ところが、前々回の連載で強調したように、そうしたプロジェクトを任せられるプロジェクトリーダーは、そういうプロジェクトで揉まれた経験がなければ育ちません。
伊勢神宮が20年に1回建て直すのと同じく、会社のITも10年、20年に一度は建て直すことで、技術伝承が必要なのです。