
鈴木明彦
経済のグローバル化は、世界経済の成長をもたらすと同時に、パンデミックのリスクを拡大させる。しばらくの間、新型コロナウイルスの感染を抑える措置がグローバル化に逆行するものとなり、世界経済にダメージを与えることは避けられない。とはいえ、コロナ禍がピークを過ぎたとしても、経済のV字回復を狙って大型の経済対策を打つことは、必ずしも有効ではない。

“コロナショック”に対し日本銀行は資産買い入れ増額などでしのぎたいのだろうが、マイナス金利の深掘りを余儀なくされる可能性が高まっている。日銀は先を見て、無担保コールレートを政策金利として復活させ、マイナス金利政策の骨抜きを狙っているのではないか。

日本では円高を心配する傾向が根強い。しかし、日米金利差の縮小を背景に円高が進むのではないかという懸念に反して、ドル円レートは110円近辺で安定的に推移している。巨額の貿易黒字を計上し、貿易摩擦を伴った円高圧力が続いていたのは過去の話だ。ドル円レートから、日本経済の真の問題点を考える。

昨年10~12月期のGDPマイナス成長や新型ウイルス問題の影響で「景気落ち込み」の懸念がいわれるが、2018年10月を「山」に景気後退は始まっている。政府は景気回復の旗を降ろせない事情がある。

人口が減少している日本では生産性の向上が必須とされている。しかし、そもそも人口減少で成長率が低下すれば、生産性の低下は避けられない。また、量の拡大による成長が難しくなる中、質の向上で成長しようという認識が広がっているが、価値の増加が世間に正しく評価されなければ、生産性の向上も認識できない。生産性向上の鍵を握るものは、いったい何なのか。

2020年の日本経済は厳しいとの見方が多い。たしかに、消費増税、消費税対策の終了、さらには東京オリンピック後の反動など、不安材料には事欠かない。2020年の日本景気は、不安材料が現実のものとなり、本当に悪化するのだろうか?一部で懸念されている点を1つ1つ確認して、2020年の日本景気を展望する。

今回の景気拡大の「山」は2018年10月ごろだった可能性が高く、政府が今年1月に言及した「いざなみ景気」を超えた「戦後最長の景気拡大」は幻に終わりそうだ。

日銀の新しいフォワードガイダンスは、追加緩和の可能性を示唆したとされている。もっとも、これは記者会見での黒田総裁の説明に敬意を表しているからであり、この難解なガイダンスをいくら読んでも利下げの可能性を示唆したというメッセージは伝わってこない。追加利下げの可能性を示唆したという建前の裏に、利下げをしたくないという日銀の本音が織り込まれているからだろう。では、新しいフォワードガイダンスの正しい解釈とはどんなものか。

日銀の次の「緩和カード」は短期政策金利の引き下げが有力だが、イールドカーブのスティープ化やマイナス金利の「無害化」など、決定会合で決められるのとは別の“もう一つの金融政策”は続くだろう。

デフレ脱却の旗を掲げるアベノミクスだが、今回の消費税対策を見る限り、安倍政権は物価を上げたくないようだ。前回、8%への消費増税でインフレの恐ろしさを認識した政府は、物価を上げるという意味でのデフレ脱却への興味を失っている。さらに、日銀に金融緩和を続けさせれば円安・株高につながるため、むしろデフレから脱却しないほうがいいと思っているかもしれない。そうなると、金融正常化を目指す日銀は困ったことになる。

米国とイランの緊張が高まっている。いつものことではあるが、互いの憎しみは半世紀にわたって続くものであり、簡単に和解できるものではない。一方、イスラム教のスンナ派とシーア派の対立も中東の宿命のようなものである。この2つの対立が融合するときにイラン・イラク戦争のような大きな混乱が起きるが、今またそうした混乱が起きる可能性が高まっている。そこに、米中冷戦の構図が加わってくると、中東にとってかなり大きな問題となってこよう。

消費増税の駆け込み需要が目立っていないのは政府の対策の効果というよりも消費の基調が弱まっていることの反映だ。増税後に消費がさらに低迷する可能性がある。注意すべきは消費の基調自体の変化だ。

日本は20年近くデフレとの戦いを続けているが、2%の物価目標は達成できないままだ。「デフレは悪」という踏み絵を一番しっかり踏まされた日銀が、二度にわたって出したデフレ宣言は、この20年間の金融政策を厳しく縛ることになった。日銀は相変わらずこの踏み絵を踏んでおり、7月29・30日の金融政策決定会合では、追加金融緩和に前向きな姿勢を示した。しかし、同時に「物価目標至上主義」に距離を置き、金融政策の自由度を少しずつ取り戻す手を秘かに打ってきている。

自由貿易の危機が叫ばれている。中国など新興国の追い上げにあった米国は、「アメリカファースト」と言って自由貿易に背を向けるようになってきた。強者の論理とも言われる自由貿易に反対する声は常に存在しており、自由貿易は素晴らしいという理念だけでは前に進まない。自由貿易が広がるのは圧倒的な競争力を持つ大国が主導するときだ。19世紀には英国が、20世紀には米国がその役割を果たしてきた。次は、世界一の輸出大国となった中国か。しかし、21世紀の自由貿易は、関税引き下げよりもみなが納得するルール作りが重要になる。圧倒的な競争力を持つ大国ではないが、自由貿易の恩恵を受けている日本は、力よりルールという考え方に共鳴できる仲間を増やして、自由貿易を推進できるのではないか。

米国FRBの利下げの見通しが強まるが、緩和手段が限られる日銀の「次の一手」は、マイナス金利の深掘りとイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)強化の合わせ技になる可能性が高い。

安倍首相は6月10日、2%の物価目標は達成していないが、本当の目的はたとえば完全雇用を目指すことであり、その意味で目標は達成している、と述べた。この発言は、消費増税の地ならしと考えてよさそうだ。一方、金融政策の正常化は先送りされそうだが、バブルを防ぐためにも逃げてはいけない課題だ。いずれ出てくるデフレ脱却宣言が最後のチャンスとなろう。周到な準備が必要だ。

米中貿易戦争では米国が有利であり、中国はいずれ妥協せざるを得ないという論調が多い。米国に中国を叩いてもらいたいと内心思っている日本人も少なくないだろう。しかし、希望的観測にすがっていては判断を誤る。「踏み絵」を迫られる日本が選ぶべき道とは。

3月の景気動向指数の基調判断が「悪化」に変更され、「緩やかに回復」の政府の公式見解とは違う判断になった。最新の景気動向指数で改めて判断すると、15~16年も「悪化」だ。

毎月勤労統計など政府統計の不正問題が注目されている。確かに、統計が信頼できなければ景気判断もおぼつかず、経済政策の運営は困難になる。しかし、政府の景気判断がしっくりこないのは統計不正が原因ではなく、「素直な判断」ができていないからだ。

世界経済の変調や米国の利上げ停止で金融正常化が遠くなっただけでなく次の景気後退に打つ手がないといわれている日本銀行だが、長期金利の変動幅を柔軟にした枠組みのもと「追加緩和」に踏み出している。
