【久賀谷】実はスポーツにおける「マルチタスク」も、マインドフルネスと密接に関わっているんです。
あるとき、ロサンゼルスのクリニックにバスケットボールをやっている若者が来ていて、「先生に習ったマインドフルネスのトレーニングを積んだら、プレー中の注意力が格段に上がった」と言うんですよ。ボールの動きだけでなく、ほかの選手の動きなどもよく見えるようになったと。
マインドフルネスは基本的には注意力のトレーニングですから、こういう効果も期待できるんです。身の回りのいろいろな動作の中で、ピントがパッと合うようになる。
【中西】さらに、先ほどのモンキーマインドとも重なる部分で言えば、自分を外から客観視する力も高まりますよね。第三者的に、傍観者として見るという。
【久賀谷】そう、傍観者、いわゆる「メタ認知」です。「ボールを見る」「相手を見る」「味方を見る」というマルチタスクでは、自分がフィールドでプレーしていながらも、それを上空から俯瞰して見ているような鳥の目の視点が必要ですよね。マインドフルネスはこのメタ認知の能力を高めることがわかってきています。
【中西】間違いないと思います。一流のサッカー選手は、テレビゲームの中で自分自身を操作しているような、俯瞰した視点を持っているんですよ。俯瞰した視点を持ちながら、同時に、身の回りのいろいろなことに一瞬でフォーカスを合わせられる人こそが一流になっていく人なんです。
「効率」と「余裕」を両立させるには?
【中西】この本で勉強になったことはまだまだあるんです。登場人物の言葉に「信号待ちは儲けものだ。空を見上げるのにうってつけの時間だから」という言葉がありますよね。これにも感銘を受けました。僕自身、昔はこう考えられませんでしたね。つねに効率を求めていて、余裕がありませんでした。
【久賀谷】僕もそうでしたよ。いまでもそうかもしれません。
【中西】僕の場合は、「効率を求める」という以上に、「非効率は悪だ」と考えているところがあったんですよね。これもさきほどの、マルチタスクの話と関係がある部分なのかもしれません。
僕はよく、講演で「未来の時間を使わないでほしい」という話をするんです。たとえば雑誌の原稿を書くときに、締め切りが明日でも、今日中に書き上げられるなら書き上げてしまおうということです。「今日は疲れたから残りは明日でいいや」と、いまやるべきことを未来に先送りした瞬間に、人は「未来の時間」を使ってしまっているんです。こんなことを繰り返していたら、何も変化のない人生になってしまう。未来にスペース(余白)がないと、「新しいもの」が何も入ってきませんから。
【久賀谷】なるほど、とても面白い考え方ですね。
【中西】だから、昔の自分は信号待ちを「損」とか「悪」とか考えていたところもあります。でもよく考えたら、信号待ちの時間も、新しいものを取り入れたり、脳を癒したりするために必要な「スペース」の時間なんですよね。効率よく生きようとした結果、その「スペース」の時間を無駄にしてしまっていたのかもしれないと気づきました。