ファイナンス理論の歴史とポイントをまとめた新刊『ファイナンス理論全史』より一部をご紹介していく本連載。今回は、「相場は予測できないものであり、それはファンドマネジャーも同じことなので、インデックスファンドを買うべし」という、身もふたもない、しかし本質的な思想に基づいた“インデックスファンド革命”を振り返ります。
サルとファンドマネジャー、どちらが優秀か?
1973年が金融の歴史で重要な年であることはすでに述べたが、投資関連本で名著中の名著とされるバートン・マルキール著『ウォール街のランダム・ウォーカー』(邦訳・日本経済新聞出版社)が出版されたのもこの年である。この本の中には、後年、さまざまな場所で語り継がれることになる有名なたとえ話がある。
壁にウォールストリート・ジャーナル紙の株式欄を貼り、それに目がけてサルにダーツを投げさせる。そして、刺さったところにある銘柄でポートフォリオを構成するのだ。その銘柄を選んだことによる効果は“当たるも八卦、当たらぬも八卦”といったところだ。だが、人間のファンドマネジャーが運用するアクティブファンドは、結局このサルのダーツ投げファンドと何ら変わりはない。
高学歴で高給取りのファンドマネジャーをダーツ投げができるサルにたとえたのだから、当然に反響は大きかった。ところが、マルキールも示している通り、さまざまな実証研究の結果は、おおむねマルキールのたとえ話を裏づけているのである。
ファンドマネジャーの平均的な成績は、調べる市場や時期によって結果は多少違うものの、大体において市場平均を若干下回る。下回っている理由は、ファンドマネジャーは頻繁に売り買いするので、その分の取引コストがかさんでいるものと考えられる。もちろん中には素晴らしい成績を収める者もいるが、まったくダメな者もいる。そして、その成績の分布は、正規分布に近い形で適度にばらついている。それはランダムウォーク理論が予測する結果に非常に近い。さらに言えば、市場ポートフォリオが最も効率的なポートフォリオだという理論の主張とも整合的である。
ファンドマネジャーは高い手数料を取るので、一般投資家の手取りはさらに減る。それなら、恐らくそれほど高い手数料を要求しないだろうサルのダーツ投げにすべてを任せるほうが合理的ではないだろうか。
もちろん、ダーツ投げをするサルに手数料を払おうとする人間は実際にはいないだろうから、もっと現実的な回答としては、「高い手数料を払ってアクティブファンドを購入するよりも、手数料の安いインデックスファンドを購入するほうが合理的だ」ということになるだろう。
マルキールの本に次ぐ投資関連本の名著として、チャールズ・エリス著『敗者のゲーム』(邦訳・日本経済新聞出版社)を挙げる人は少なくないだろう。エリスの主張もマルキールに通じる。人が良かれと思って売買を繰り返すごとに投資の期待リターンは減っていく。それは、経験を積んだファンドマネジャーでも変わらない。投資は、いかにうまく相場を当てるかというよりも、いかにミスを最小化するかというゲームなのだ。それがエリスの言う敗者のゲームということである。だから、高い手数料を取られたうえにファンドマネジャーのミスが積み重なるアクティブファンドよりも、インデックスファンドに投資したほうがよい。
どちらも、ランダムウォーク理論や効率的なポートフォリオの考えに基づき、インデックスファンドの有利性を主張するものである。その主張のすべてを受け入れるかどうかはともかくとして、「こうすれば儲かる」とか「私はこれで儲けた」というようなキャッチーな本ではなく、「相場は予測できず、それはファンドマネジャーにとっても同じなのだから、インデックスファンドを買うべし」という何とも夢のない結論を導くこれらの本が数十年にわたって評価され、売れ続けているところに、私は何とも言えない奥深さを感じるのである。
そう、キャッチーな本は投資の本質を必ずしも伝えていない。マルキールやエリスのほうが、時を超えて通じる本質に迫っているということではないだろうか。
さらに言えば、マルキールやエリスの著作は、単に長く売れ続けるベストセラーと言うにとどまらない。それは「インデックスファンド革命」とでも言うべきものの一部なのである。
インデックスファンドを武器としたボーグルの挑戦
ここで、インデックスファンドのもう一人の伝道師の名を挙げるべきだろう。
ジョン・ボーグルという人物だ。彼は、高手数料のアクティブファンドよりも低手数料のインデックスファンドのほうが優れているという考えをもとに、実際にインデックスファンドをメインに運用するまったく新しい運用会社バンガードを立ち上げた。そして、1975年、インデックスファンド第一号を世に問うのである。
ボーグルの挑戦は見事に実を結ぶ。インデックスファンドを武器に、バンガードは世界最大級の運用会社にまで成長したのだ。ファンドを購入する一般投資家は、インデックスファンドを受け入れたのである。そして、インデックスファンドは今や、バンガードのみならず世界中の運用会社が手掛ける有力な運用商品となっている。
マルキールやエリスの主張にアクティブファンド・マネジャーたちがいかに反発しようとも、ボーグルのインデックスファンドを継続的に上回る成績を実際に残せなければ、ファンドマネジャーは存在意義を失う。そして、実際に多くのファンドマネジャーたちが、ボーグルが起こした革命の前に敗れ去っていくのである。
もちろん、今でもアクティブファンドはなくなっていない。しかし、インデックスファンド革命後のアクティブファンド・マネジャーは、それまでのようにただ漠然と運用したり、ポートフォリオ理論を机上の空論と切り捨てたりすることが、もはやできなくなった。自分の投資手法がなぜインデックスファンドよりも優れているのか、なぜ高い手数料を取っているのかを合理的に説明できなければ、自分の存在意義を示せなくなったのである。
逆説的ではあるが、アクティファンドを否定するインデックスファンド革命が起きたからこそ、米国ではアクティブファンドのマネジャーたちが鍛えられ、運用業界全体のレベルが大きく引き上げられたのではないかと思う。バフェットをはじめとして、ランダムウォーク理論やポートフォリオ理論で説明のつかない成功を収めた投資家たちも、そうした理論の存在なしで生まれえたかどうかは大いに疑問なのである。