謎の研究機関「ネクスト」は社会を変えられるか?

 世界に名だたるコンピューターサイエンスの研究機関、マイクロソフト・リサーチだが、サティア・ナデラCEOの就任は、やはり大きな変化をもたらすことになったという。公野氏は語る。

「マイクロソフト・リサーチは、今までは基礎研究をしている部署でした。コンピューターサイエンスの優れた研究者を世界中から集めて、コンピューターサイエンスの最前線を研究するような機関でした。サティアが来てから大きく変わったのは、マイクロソフト・リサーチを大きく二つに分けたことです。マイクロソフト・リサーチ・ネクストという部門と、マイクロソフト・リサーチ・ラボという部門です」

 後者はこれまでと同じ基礎研究を継続しているが、前者は役割が変わったのだという。

「マイクロソフトの用語でいいますと、ディスラプティブなテクノロジー。日本語にすると、破壊的なテクノロジーということになるでしょうか。今までのビジネスの枠を壊すようなイノベーティブなテクノロジーを、チームを作って集中的に生み出そうということになりました」

 例えば、3年ほどのスパンでコンセプトを検証するような部門ができた。エンジニアのサポートを受けながら、自分の研究がどう実際に社会の役に立つのか、集中的に取り組みを進めているのだという。

「このネクストの部門を率いているのが、ピーター・リーです。マイクロソフト入社前には、もともとDARPAというアメリカ国防総省の研究機関にもいて、ネットワークチャレンジなどを手がけていた人物です」

 実際に何人がネクストに行ったのかは公表されていない。公野氏から見ても、どのくらいの割合が行っているのかはわからないという。いずれにしても、ナデラCEOの狙いは基礎研究のみならず、実践的、現実的な課題にもチャレンジしてほしいというものだった。

「リサーチのクオリティは文句のつけようがない、とも言っていました。ただ、我々が目指すのはインパクトであると。リサーチだけに特化するわけではなく、インパクトを意識してほしいということです。それも、研究者コミュニティーに対して優れた研究をしてインパクトを出すのも大事だが、我々は民間の会社なのでプロダクトに対するインパクトも意識してほしいと。技術を開発して、プロダクトに技術移転して、より多くの人に使ってもらうことのインパクトだったり、あとはもう少し広い意味での社会に対するインパクトであったりするのも大事。大きくその3つのインパクトを研究者は出すように求められています」

 マイクロソフト・リサーチは、レドモンド市にあるキャンパスの建物のひとつに入っている。受付の厳しいセキュリティを抜けると、外観からは想像できなかった吹き抜けの広い空間が目の前に広がった。これは、キャンパスの多くの建物にもいえることだったが、印象的だったのは、左右対称など単純なデザインや構造の内装がまず見られないことだ。とりわけ、リサーチの入っているビルはそのイメージが強かった。

 日本のオフィスの内装は、多くがシンプルで複雑な形や構造をしていない。キャンパスで見たのは、むしろ日本とは逆だったが、不思議と過ごしていて違和感はなかった。あえて無機質で平板にしないことも、知的生産との関わりがあるのかもしれない。

 キャンパスにいるのは、200名弱の研究者。他に、中国、イギリス、インドなどにも拠点がある。

「ちょっと歩けば、すぐに研究者と話ができるというのは、とても刺激的な環境です。そして、情報量がまるで違います。カフェに行けば、研究者と今やっているプロジェクトの話を簡単に聞くことができますし、セミナーも多い。サティアの話も、朝やっていたりしますから、ストリーミングで見たりします」

 ナデラCEOとは、月1回、直接のQ&Aの場が設けられているという。

「それ以外にもメールが送られてきたり、LinkedInもまめに更新されているので、彼がどういうことを考えているのか、というのはとてもわかりやすいですね」