これは、クレームへの対応を担当者(一次応対者)から上位管理者やスーパーバイザー(二次応対者)にバトンタッチすることです。クレーマーの要求がエスカレートしたり、興奮したクレーマーをクールダウンさせたりするときに、エスカレーションが行われます。
しばしば、「時間」「場所」「人」を替えることでクレームの収束を図りますが、エスカレーションとは「人を替える」という意味です。
私が提唱する組織対応は、さらに「時間」をかけ合わせた複合的な措置です。
それは、組織全体でクレームの実態を把握し、悪質なクレーマーを放置することです。「やるべきこと」を行った後は、こちらからアクションを起こさず、クレーマーには「できない」と結論だけを伝えるのです。
相手の言い分に耳を傾け、相手に納得してもらおうと努める必要はありません。「恐れ入りますが、ご要望にはお応えできません」などと、「ノー」を繰り返し伝えるだけです。
このようにして「持久戦」に持ち込めば、しだいにクレーマーはつかみどころを見失い、手詰まりになるはずです。
もし、これでも相手が引き下がらず、さらにヒートアップして暴力をふるったり、業務妨害をしたりするようになれば、警察対応の段階です。
悪質クレーマーには「ラグビー型」で組織対応せよ
相手の悪質性をはっきり認めることができたら、持久戦に持ち込むためにも「個人戦」から「組織戦」に大きく舵を切らなければなりません。
ところが、多くの企業では組織戦を展開できるだけの体制が整っていません。その第一の原因は、トップマネジメントの認識不足にあります。
私はいつも、経営者や管理職の皆さんに、スキーのジャンプ競技を引き合いにしてこう話しています。
「クレームの初期対応では、低い姿勢で助走しますね。では10秒間、その姿勢を保ってみてください。膝がぶるぶる震えませんか? 次に爪先立って、前傾姿勢で滑空します。では、その姿勢をとってみてください。これもつらいはずです。さらに、着地するときは、両手を広げて上半身を起こしたテレマーク姿勢をとらないと減点されます。クレーム現場の担当者は、同じくらいたいへんなのです」
第二の原因は、「個人」と「組織」が有機的に結びついていないことです。
本来、クレーム対応における理想的な組織は「ラグビー型」だと考えています。
ラグビーの試合を思い浮かべてください。先頭でボールを持って走るプレーヤーは、激しいタックルをかわしながら、相手陣地のゴールを目指します。途中で倒れそうになったら、チームメイトがすばやくパスを受けます。また、メンバーが一丸となってスクラムを組み、陣容を立て直したり、スクラム・トライを狙ったりします。
クレーム対応でも、組織のフォローが不可欠です。ところが、実際は担当者がクレームから逃げたり、組織が十分なフォローをしていなかったりします。
私にも、苦い経験があります。ある日、顧問先であるスーパーの事業本部から、私に連絡が入りました。
「援川さん、商品に異物が混入していたというので、お客様の自宅を訪問したところ、強面の男性が待ちかまえていました。床の間には、日本刀も置いてありました。どうしましょう?」
男性幹部からのSOSでした。
「このままでは、来週から始まる特別セールに影響が出ます。早く解決しなければならないので、援川さん、頼みましたよ」
「こういうときのために、あなたに高いギャラを払っているんだ」と言わんばかりでした。まるで用心棒扱いです。
クレーム現場では多かれ少なかれ、似たような状況が生まれているのではないでしょうか。ただ、ここで上司や幹部の陰口をたたいて溜飲を下げたり、「どうせ、他人事なんだろう」と諦めたりしては、なにも変わりません。緊急事態に備えて、自ら声を上げて人を巻き込むことが必要です。
ただし、それにはコツがあります。若い女性が暴漢に襲われそうになったとき、「助けてください!」と叫んでも、誰も助けてくれないことがあります。なぜなら、「面倒なことには関わり合いになりたくない」という心理が働くからです。
事件現場の聞き込み捜査でも「そういえば、悲鳴のような声が聞こえました」という証言を得られる場合がありますが、「なぜ、そのとき通報してくれなかったのか?」と残念に思ったことが何度もあります。
では、どうすればいいのでしょうか?
それは、「助けて!」ではなく、「痴漢です!」「ドロボー!」「火事だ!」などと大声で叫ぶことです。つまり、周囲の人々が当事者意識をもつような訴え方をするのです。
クレーム現場でも同じです。ひとりで対応していて、「もう無理だ」と感じたら、上司に相談しましょう。そのとき、ただ泣きつくのではなく、クレーム対応の経過報告をしっかりして、組織全体の問題として取り上げてもらえるように伝えるのです。
『対面・電話・メールまで クレーム対応「完全撃退」マニュアル』では、対面・メールでの正しい対応法、ネット炎上を鎮火させる方法など、クレーマーの終わりなき要求を断ち切る23の技術を余すところなく紹介しています。
ぜひ使い倒していただき、万全の危機管理体制を整えた上で「顧客満足」を追求してください。