2020年までにグローバルフリーランサーは1億人規模に達する――。
エストニアのイーレジデンシーチームが示した資料には、推計値としてそう記載されていました。イーレジデンシーとは、エストニアが2014年末からスタートしたもので、政府が外国人を「仮想住民」として認め、仮想居住権を与えるという画期的な制度のこと。
すでに日本からも2000人近くの人たちが申請しているというこの制度の、何がすごいのか? エストニア政府の次なる策「デジタルノマドビザ」と合わせると見えてくる、人口約130万人の小さな国の野心的な狙いとは? 孫泰蔵さん監修の『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来』より、その実態をご紹介します。
国民の10倍以上の人材を獲得する!?
グローバルフリーランサーを取り込む新しいサービス網
技術の進歩によって、移動がより簡単になった。シェアリングエコノミーの発達で生活コストが下がっている。コミュニケーションも手軽にとれるようになり、世界中どこにいても仕事を受けることのできるオンラインプラットフォームが拡大している。移住のハードルがどんどん下がっているのだ。
このように見ても、数億人規模のグローバルフリーランサー、またはその予備軍がいてもおかしくはないだろう。エストニアはこうした人材を取り込んで、国を活性化させようと考えているのだ。
国だけでなく、民間企業もそのグローバルフリーランサーの支援に乗り出している。ユニークなのは、エストニアの電子政府やイーレジデンシーを生かして、新しいスタートアップやサービスが生まれていることにある。
その1つが、エストニアの求人サイトサービスを展開するジョバティカル(Jobbatical)である。
「デジタルノマドビザ」で拓ける
旅をしながら働くという可能性
米ニューヨークのセントラルパーク、タイ・バンコクの巨大な合歓木(ねむのき)、スウェーデン・ストックホルムの夜景……ジョバティカルのサイトに入ると、世界の有名都市にまつわる画像が100以上もずらりと並ぶ。
一見、旅行サイトと見間違えてしまうが、そうではない。これはれっきとした職種別に並んだ求人サイトなのである。いつかしてみたい旅と仕事とを同時に想起させるつくりで、見た人をその気にさせているのだ。
通常、求人サイトとは各国、独自に進化しているものだ。日本なら「リクナビ」や「マイナビ」といったものが浮かぶであろう。もし外国人が日本の求人募集に応募しようとしても、語学の壁や煩雑な手続きに悩まされるはずだ。雇用する企業側も同様で、外国籍の人材を受け入れるとなると、煩雑な手続きが待っている。海外で仕事をするのは、雇用する側にとってもされる側にとっても大きなハードルになっていた。
ジョバティカルは、エストニアの国の制度を利用して、その壁を越えようとしている。たとえば、求職者がイーレジデンシーに登録して仮想住民になり、求人に応募するとしよう。すると、エストニアの電子政府サービスを利用することができるため、雇用契約などが簡単に結べるようになる。
しかも、単なる求人サイトにとどまらない。ジョバティカルは政府と組んで「デジタルノマドビザ(査証)」の構想を掲げている。
2019年にもスタートするというこの制度は、エストニアがグローバルフリーランサーに対して365日の居住の許可を与えるものだ。
このビザを取得すれば、EU内のビザを個別に申請しなくても、90日以内は住めるという権利(シェンゲンビザ)が取得できる。エストニアを拠点に、1年間、合法的に欧州で旅をしながら仕事ができるようになるのだ。
この制度を持ち掛けたジョバティカルの創業者、カロリ・ヒンドリクス(Karoli Hindriks)CEOは「デジタルノマドビザ制度が始まれば、それぞれ独立した場所にいる人材が1つのグループとなり、1つの会社で働くことができる。世界中のフリーランサーにまったく新しい働き方を示すことになるわ。それを初めて国家が認めるのよ」と話す。
ジョブ(仕事)+サバティカル(長期休暇)が社名となったように、働きながら休暇を楽しむ「旅して働く」という新しい働き方を提案しているのだ。日本人の場合はビザなしで行ける国も多いが、世界的に見るとそのような国はごくわずかである。
カロリは「国連職員が持っているような新しいパスポートを皆が持てればいいと考えているの」と話す。
国連専用のパスポートを持てば、世界中で外交官に準じた扱いを受けることができる。それと似たプラットフォームを、イーレジデンシー、そしてデジタルノマドビザという制度、ジョバティカルなどの力によって実現するというのだ。