マザーズはスタートアップにとって上場しやすい市場である一方、国内外の投資家にとっては、投資のしやすさという点での課題を抱えています。新興株式市場の制度設計に改善の余地はないのか、海外からの投資を呼び込むために何をするべきなのか。新興株式市場の理想的な姿について、未上場スタートアップ、新興上場企業に対する経営支援事業、並びに産業金融事業を行うシニフィアン株式会社の共同代表3人が語ります。

朝倉祐介さん(以下、朝倉):今のマザーズは個人投資家が主体の株式市場で、流動性が限定的であり、退出の仕組みが整っていないという点について前回話しました。今回は、そうしたマザーズの特徴の何が問題なのかについて考えてみたいと思います。

なぜスタートアップは東証一部でなくマザーズに上場するのか?:理想的な新興株式市場の条件マザーズの「個人投資家が多い」「流動性が低い」「退出の仕組みが未整備」という特徴はどのような問題をもたらしているか?

小林賢治さん(以下、小林):まず個人投資家が中心であるという点に着目すると、個人投資家には事業戦略の専門的な部分は理解しづらいのではないかと思います。先行投資が続く赤字上場の場合などは特に、単純にPL上の営業利益だけを見てもその事業の好不調や成長白地は判断できません。戦略的に赤字上場をする企業の場合は、その事業の健全性を測るために、何らか利益とは別の事業KPIを確認する必要があるわけです。

 一方で、そこまで事業に対する理解が深くない投資家が多いと、「いつ黒字化するのか」という利益の話ばかりが取り沙汰されてしまいがちです。個人投資家が中心であることによって引き起こされる状況の顕著な例ですね。

 個人投資家は概して株式の保有期間が短いこともあり、短期目線での質問が多くなり、利益改善に向けたプレッシャーが強まります。発行体にとっては望ましくない状況でしょう。

朝倉:事業の成長性に対する指摘が短期的な視点に偏ってしまうと、会社側はなかなか長期目線での事業投資に踏み込みづらくはなるでしょうね。

小林:もう一つ、流動性に関連した話ですが、流動性が限定されてしまうと、株価のボラティリティが高くなりがちです。機関投資家であれば、自分たちが考えるフェアバリューとの齟齬があったときには柔軟に対応する傾向にあります。たとえば、割り安になっていれば買い増しが入り、高すぎるようだとちょっと冷や水を浴びせるような売りも入れて、全体的にボラティリティが下がることに収斂するようなトレーディングの仕方をします。

 一方で個人が中心だと、買いか売りかに振れるときは、一気に片方向に振れてしまいがちです。

村上誠典さん(以下、村上):経営者にとってIPO(株式公開)は、資金調達や自社株式を活用したM&Aを実現するための手段です。しかし、流動性が低い状態だと、上場後に新たな資金調達はほぼできない状況です。ほとんど流動していない株を新たに新規発行したところで、投資家は流動性がない株をなかなか買えない。実質的には上場後のエクイティを活用した資金調達オプションがほとんどないという状況が生じてしまうのです。

 もう一つ、退出の仕組みは、機関投資家からの投資をもっと新興市場へ振り向けるうえでの障壁になっていると考えます。銘柄数が多すぎて、なおかつ、流動性の低い株に偏ってしまっている市場では、なかなか投資はしにくい。機関投資家にとって、投資対象を選別するうえでの効率が悪いわけです。

 そういう意味で言うと、アメリカのように流動性基準で退出の仕組みを設けるのは、投資家目線にかなっているのではないかと思います。

朝倉:現状のマザーズにこうした課題があることはわかったのですが、一旦、今の前提条件を取り払って、発行体にとっても投資家にとっても理想的なマーケットについて、考えてみましょうか。

理想的な新興株式市場とは

小林:ある程度の流動性、マーケットボリュームを出して機関投資家が入る余地を作り出し、健全にウォッチされる環境を作ることが大切だと思います。成長している会社とそうでない会社の淘汰が起き、そうでない会社には退出に対する何らかのプレッシャーがかかることになります。そういう健全性があるべきだと思います。

村上:私も同じ考えです。経営者の目線で考えると、今のマザーズは上場しやすいという意味で最適化されていると思います。ただ、機関投資家や海外の投資の流入を促すという意味では、投資家目線で制度設計する必要があります。その観点でのキーワードもやはり流動性だと思うんですね。

 東証一部、二部、マザーズを見た時に、ミニマムの流動性基準と、実際のIPOのサイズは、極めて連動性が高いわけです。流動性基準を引き上げることと、制度設計をセットで考えて、投資家にとって使いやすい制度設計をするという視点で考えると、面白いアイデアが出てくるのかなという気がします。

小林:面白いですね。投資家にとって使いやすい市場設計にすることで、いわゆる海外のペイシェントリスクマネーが入ってきます。つまり、いいお金、我慢強いお金が入ってくることで、めぐりめぐって、長期に投資をして成果を出していきたい投資家にもベネフィットが出るため、新興企業にとっても望ましい市場が生まれるという循環が生まれるんじゃないでしょうか。

朝倉:事業会社の時価総額を上げて成長していく上で、海外からの投資は欠かせないわけで、そのためにはやっぱり流動性を上げていかなければいけないし、開かれたマーケット作りというものを心がけていく必要があるということですね。

村上:その通りですね。たとえばマザーズとは違う枠組みで、新興企業が上場するための市場を用意することも考えられるのではないでしょうか。

 マザーズでは玉石混交の数百社の中に各企業が埋もれてしまうという状況ですが、マザーズとは異なる基準をクリアした企業群の枠組みがあれば、投資家としては選別のコストが下がりますよね。あとは退出の基準や、設計を変える柔軟性も出てくる可能性がありますね。

小林:なるほど。そういう意味ではきちんとしたプロセスを経て、海外機関投資家にウォッチされる枠組みに入った企業群は、その時点でスクリーニングされているわけだから、機関投資家にとってもウォッチしやすいということですね。

朝倉:今のマザーズは発行体側にとっては、上場しやすい場であり、またそうした場を活用しているスタートアップもいるわけです。そして、そうした企業に投資したいという個人投資家の方もいらっしゃるわけですから、そういった方々にとっては良いマーケットであるという面も無視してはいけないと思います。問題は、IPOするスタートアップにとっての当初の選択肢が、実質的にはマザーズに入らざるを得ない状況なのかもしれません。