経済産業省に出向中だった幹部を次官に据えるなど異例の人事を繰り返して改革派を重用し、農協(JA)など業界団体にメスを入れてきた農林水産省で改革の揺り戻しが起きている。
次の次官に、改革に消極的な穏健派が選ばれれば、進めてきた改革が“元の木阿弥”になりかねない。次の次官人事を巡る改革派と穏健派の暗闘が熱を帯びているのはそのためだ。
注目のトップ人事の予想に入る前に、近年の農水省の人事の激変をざっとおさらいしておきたい。
硬直していた農水省の人事が変わる転機になったのが2016年の奥原正明氏の次官就任だ。奥原氏は省内の人事異動でさまざまな慣習を打ち破ったが、自身のトップ就任も異例ずくめだった。
一つ目は同期の本川一善氏を次官就任1年足らずで押しのけての異例の抜てきだったことだ。霞が関では同期が次官に就任すると、その同期が一斉に退任する不文律があるが、奥原氏は同期の本川氏が次官に就任しても経営局長のまま留任。全国の農協を束ねるJA全中の解体などに辣腕を振るい、その後、悠々と本川氏の後を襲った。
二つ目は次官になるために踏んでおくべきポストをすっ飛ばして就任したことだ。上図のように、次官候補者は「総括審議官」や「官房長」「林野庁または水産庁の長官」などを経て次官になるのが慣習だ。しかし、奥原氏はそれらの三つのポストを一つも経験していない。
そしてトップに就任すると奥原氏は、それまで事務官しか就けなかったポストに技術系採用の職員(技官)を充てるなど前例にとらわれない人事を行った。特定分野のプロを育成したり、やる気のある職員を登用したりするため、「過度な事務官の優遇」や「担当が2年ごとに変わる頻繁な異動」といった慣習を改めたのだ。
前述の「農水省の事務次官への道」のような王道コースもぶっ壊した。出世組が就く花形ポストについて奥原氏は「そういうポストに就き、そういう人事ルートに乗った途端に、『事なかれ主義』に陥るだけであり、国の将来にとって何のメリットもない」と著書でばっさり斬り捨てている。重要なポストはニーズによって変わるのであって「固定的に考える方がどうかしている」というわけだ。
こうした改革の背景には「他省庁より人材が不足している」(農水省関係者)という事情もあるにはあるが、少なくとも一部の職員は、改革でモチベーションを高めていた。奥原氏は既得権益を奪われた事務官からは疎まれたが、頑張れば報われるようになった技官などからすれば望ましい改革者だった。