『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンス、
『時間は存在しない』のカルロ・ロヴェッリ、
『ワープする宇宙』のリサ・ランドール、
『EQ』のダニエル・ゴールマン、
『<インターネット>の次に来るもの』のケヴィン・ケリー、
『ブロックチェーン・レボリューション』のドン・タプスコット、
ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマン、リチャード・セイラー……。

そんな錚々たる研究者・思想家が、読むだけで頭がよくなるような本を書いてくれたら、どんなにいいか。

新刊『天才科学者はこう考える 読むだけで頭がよくなる151の視点』は、まさにそんな夢のような本だ。一流の研究者・思想家しか入会が許されないオンラインサロン「エッジ」の会員151人が「認知能力が上がる科学的概念」というテーマで執筆したエッセイを一冊に詰め込んだ。進化論、素粒子物理学、情報科学、心理学、行動経済学といったあらゆる分野の英知がつまった最高の知的興奮の書に仕上がっている。本書の刊行を記念して、一部を特別に無料で公開する。

Photo: Adobe Stock
著者 ロジャー・シャンク
心理学者、コンピュータ科学者、エンジンズ・フォー・エデュケーション創立者。著書に『知性を劣化させる教育(Making Minds less well educated than our own)』

「実験=退屈なもの」という図式を作った
学校教育の罪

 科学に関係する概念のなかには、教育システムの問題のせいでひどく誤解されているものがある。誰もが理解していて当然だと思っているにもかかわらず、実際にはまったく理解していないのだ。

 たとえば「実験」がそうだ。私たちは皆、学校で実験について学ぶ。学ぶのは、「科学者は実験をするもの」ということだ。さらに高校の実験室では、生徒たちは科学者が過去にしたとおりの実験をそのまま模倣する。当然、科学者が得たのと同じ結果を得る。

 実験を行い、物質には物理的、化学的にどういう特性があるかなどを調べ、どういう結果が得られたかを科学雑誌に報告する。それが科学者の仕事であることも学ぶ。

 その結果、どういうことが起きるか。生徒は「実験とは退屈なものだ」と思い込んでしまうのである。また、実験はあくまで一般の人間とは違う科学者がすることで、自分たちの日々の生活には何の関係もないと思ってしまう

 これは大きな問題だ。実験は科学者だけのものではなく、実際には誰もが絶えずしている。乳児でさえ、色々なものを口に入れて美味しいかどうかを確かめる。これも立派な実験だ。少し大きい幼児も実験をする。色々な行動をしてみて、自分がうまくできるのはどれか、できないのは何かを確かめるのだ。

 ティーンエージャーは、セックス、ドラッグ、ロックンロールを試すという実験をするかもしれない。ただし、皆、自分のしていることを実験だとは思ってはいない。仮説を立て、それが正しい、あるいは誤っているということを示す証拠を収集するという実験の正しい方法を知っているわけでもない。自分が実は絶えず実験をしていると教わる機会もないし、実験をもっとうまくこなすには学習が必要なことも知らない。

 医者から処方された薬を服用するときも、私たちは実験をしている。しかし、薬を服用した結果を毎回、正確に記録している人はまずいないし、対照群の設定をすることもない。ある行動の効果を確かめるには、それ以外の行動を同時に取ってはいけないが、そういう注意もしないだろう。そのため複数の変数を混同してしまう。こんなふうだから、仮に薬を服用したあと、副作用らしき症状に苦しんだとしても、真の原因が何なのかは結局わからない。

 同様のことは人間関係でも起こり得る。同じような問題が何度か起きても、条件が毎回異なるため、その原因が何なのかは正確に判別できないのだ。

 もちろん、日常生活で正しい対照実験をするのは、絶対に不可能とは言わないまでもかなり難しいのは確かだ。それでも、科学者ではない自分たちが普段の生活で当たり前のように実験をしていることは理解してもらえると思う。新たな仕事に臨むとき、ゲームで新しい戦略を試すとき、入学する学校を選ぶとき。私たちは何かするたびに、それについて他人はどう思うか、また自分はどう感じるか、それはなぜかを知るための実験をしているとも言える

正しい実験の手順とは

 私たちが人生のあらゆる局面で実験をしているというのはよくわかってもらえたと思う。しかし、それをわかっていなければ、自分がどうすればいいのかもわからないに違いない。

 正しい実験をするためには、まず適切な証拠を十分に集め、それをもとに推論をする必要がある。実験の条件をよく確かめ、繰り返し実験をするときには常に条件が同一になるよう気をつける必要もある。いつ、どのように実験すれば条件が同一になるのかを慎重に検討する

 また実験で重要なのは、実験で得られた結果について正しい考察ができるかどうかだ。だが、自分のしていることが実験だとわかっていない人、得られたデータから正しい推論ができない人は、せっかく実験をしていてもそこから大したことは学べないだろう。

 ほとんどの人は「実験」という言葉を、学校の退屈な科学の授業の場で学ぶ。そのせいで、科学も実験も、自分の実生活には何ら関係のないものとみなし、後の人生をそのまま過ごしてしまう。

 学校ではただ機械的な計算を延々繰り返させるような授業をせず、もっと学問と自分との関わりがよくわかる授業をしてもらいたいと思う。たとえば、実験が私たちの日常生活にどう関わっているかを理解できるようにしてほしい。そして実験の結果をもとに正しい推論をする方法も教える。そうすれば、政治について考えるとき、子どもを育てるとき、他人と関わるとき、仕事をするとき、その他人生のあらゆる局面でよりよく考え、適切な判断ができる人になれるはずだ。