日本企業、緊急事態宣言#16Photo:pugun-photo/gettyimages

新型コロナウイルスについて「屋外の風通しの良い所で工事しているんだから、感染の心配はない」なんていう建設業界の楽観論は、工事現場に出入りしていた清水建設の社員が亡くなったことによって打ち砕かれた。「トイレの数も、流す水も足りない。せめて手洗いできる環境が欲しい」と現場には恐怖が渦巻く。特集『日本企業 緊急事態宣言』の#16では、工事中止を巡る最新事情、工事現場の今、そして下請けが抱く補償への不安をレポートする。(ダイヤモンド編集部 松野友美)

「トイレの数も、流す水も足りない。
せめて手洗いができる環境が欲しい」

 新型コロナウイルスの感染者数が日に日に増えていく中で、多くの工事現場ではいつも通りの「ご安全に!」を合言葉に、職人たちが仕事を続けてきた。職人は日給月給制の給与体系であることが多いため、長期間仕事を休んで給料がぐんと下がることを恐れ、工事の中止を嫌がる者も少なくない。それでも、全国、全世界で感染が広がるにつれ、現場に立つ者は心の中で恐怖の悲鳴を上げるようになった。

「もう精神的にいっぱいいっぱいで、朝泣きながら出勤する日もある。今、命を懸けてやらなければならない仕事だとはどうしても思えない。仲間の職人たちも、毎日怖い怖いと言っている」

 建築現場で「密閉・密集・密接」の3密を避けるのは、物理的に困難なことが多い。大手各社が施工する都内の複合ビルの建築現場では、1000人や2000人規模の職人が同時に働く。完成を目前に控えた工事の終盤になれば、なんとしても工期内に終わらせるべく多くの職人が投入され、集中して作業することになる。

 そうした時期の大きな現場では、ラジオ体操や装備の点検、危険予知のための掛け声などを一斉に行う毎日の朝礼に1000人以上が集められることも珍しくない。全員参加をやめて、部下を指導・監督する職長たちを集めて朝礼を行う対応に変えた現場もあるが、朝礼に参加しない者は出入り禁止にする現場もある。

 屋外ではなく、地下などの屋内で行われる朝礼もあり、その場合は密閉空間に大勢の人がすし詰めにされる。現場への入場時には検温がなく、申告制の現場であれば、参加者全員が健康とは限らない。

 朝礼後は、各自が持ち場に移動する。昇降用のエレベーターに乗って移動する際に、動かしている台数が少ないために20~30分の順番待ちの長い列ができることもある。

 作業の合間の打ち合わせや休憩時に使う現場の詰め所では、大人数が出入りするにもかかわらず密閉されて換気しないまま、大型送風機をばんばん回して空気をかき混ぜていたりする。

「トイレの数も、流す水も足りない。せめて手洗いができる環境が欲しい」――。安全や衛生面の配慮も設備も不十分な現場がたくさんあるのだ。

 3月、ある職人は現場で600人以上集まる朝礼に参加していた際に、ゼネコン社員が「コロナにかかったらみんなに迷惑が掛かる。分かってるな?」と呼び掛けるのを耳にした。彼は、感染したことが分かっても、隠すように圧力をかけられたように受け取った。

 緊急事態宣言が出た後も、別の職人は現場でゼネコンの社員が「職人は、現場がなくなれば日給が入らないんだから、“コロナ隠し”をするに決まっている」と話すのを目の当たりにした。感染者が出ても隠されてしまえば、現場は止まらない。

 そもそも、ゼネコン関係者の多くは、建設現場におけるコロナ感染リスクについて「屋外の風通しの良い所で工事しているんだから、感染の心配はない」と長らく楽観視してきた。故に、他業種の在宅勤務シフトや休業対応といった外出自粛の波に取り残されてきた。

 しかし、ここにきて楽観論は消えることになった。各社は方針を大転換した。