子どもへの感染が怖い
まるで家庭内別居の日々
滞在時間は10分以内と決めている。夫と妻のそれぞれの検温と採血を素早く済ませる。夫にも微熱があった。心の中で「いよいよコロナかもしれない。しばらく自宅には帰れないかもしれないな。風評被害もあるだろうから、スタートしたばかりのステーションに影響が出ないといいな」などと思う。
訪問先を出ると、素早く、かつ慎重にマスクやフェースシールドを取る。コロナウイルスの感染は防護服を脱ぐときにも起きるので、最後まで気は抜けない。道行く人が何事かといった様子の視線を投げてくる。この日の大阪は最高気温25度を超える夏日。すべての装備を外したときは汗だくになっていた。
結局、検査結果は夫婦ともに陰性だった。Aさんはそれを聞いて初めて感染の恐怖から解放されるのだという。
訪問看護は本来、住み慣れた自宅や地域で療養したい、最期を迎えたいといった患者や家族のニーズに応えるサービスだ。ところが、このコロナ禍で医療機関の受け皿になるという重要な役割が新たに加わった。
コロナ患者の治療にあたる医療機関では、業務の負担を減らしたり、万が一クラスターが発生した際の影響を最小限に抑えたりするために、慢性疾患やがん末期の患者たちを自宅に戻す動きがあるという。訪問看護ステーションには医療崩壊を防ぐためにも、こうした患者の受け入れが求められるようになっているのだ。
このため、現場の負担は加速度的に増している。Aさんの訪問看護ステーションの利用件数は開設したときの3月は約120件で、4月は約250件に倍増した。5月は300件を超える見込みだ。
Aさんはステーション開設以降、1日も休みを取っていない。加えて、発熱した利用者のもとへの訪問回数は10件を超える。
「家には小さな子どもがいるので万が一にもうつさないよう、普段から家族が寝付くまで職場で仕事をしています。帰宅は夜の10時か11時くらい。帰宅後は玄関で全部服を脱ぎ、洗濯をしてシャワーを浴びて――。家族とは別にソファで寝ています」