ある治療法が有名人に効いたところで、
なんの根拠にもならない
――一方、レムデシビル(エボラ出血熱の治療薬)は、新型コロナの治療薬として薬事承認されましたよね。
勝俣 レムデシビルは、何人の患者さんに投与して効果を確認したか知っていますか?
――いえ、知りません。
勝俣 アメリカの国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が世界各地の病院で行ったレムデシビルの臨床試験には、1063人の新型コロナの患者さんが参加しました。その対象者の半分にはレムデシビルを、残り半分にはプラセポという偽薬を、本人にも、医療者にも、どちらかわからないようにして投与したんですね。なぜ偽薬を使うかというと、評価にバイアスがかかってしまうからです。
――効果がありそうな治療薬の実験台になって、治ったような気になることを避けるためですね。
勝俣 そうですね。逆に、レムデシビルを飲んでないことがわかってしまうと、効果がないのではと思いこみ、不安になり、検査を早めてしまったり、症状を早めに訴えてしまったりするというバイアスもかかります。効果の判定をする医療者にも、レムデシビルを飲んでいたら効果があるはず、と良い判定をしてしまうかもしれません。それでは、本当に薬に効果があったのかどうかわからなくなってしまうので、薬を使っているのか、患者さんにも、効果を判定する医療者にもわからないようにするわけですね。
医学的に厳密に効果を確かめるためには、そこまでやらないと評価できません。ですから、有名人に効いたとか、個人的に効果があったなんていう話を報道しているメディアは、我々から言わせれば、「そんないい加減なことしていいんですか?」と言いたくなるわけです。それがどれほど無責任なことか。
5つ目のチェックポイント「細胞実験レベルのデータだけでは信用できない」とも関連しますが(図表3)、細胞実験で「効果があった!」と大々的に報じられるのも同じことです。「シャーレの培養がん細胞に有効成分をかけたら、がん細胞が死にました。すごい発見です!」といった宣伝文句を見ると、「ちゃんと調べていて信頼できる」と信じてしまう人が多い。しかし、細胞実験や動物実験段階でどんなに効果があっても、実際に人間の患者さんに使って効果が出る確率はとても低いのです。
勝俣 ネズミに効いた薬が人間用に承認される確率って、何%だと思います?
――確か本にも書いてありましたけど、すみません、パッと思い出せません。10%くらいでしょうか。
勝俣 3%ですよ(注1)。本にも書きましたけど、とても少ないんです。なぜなら、本当に効くのか何回も臨床試験を繰り返して、何百人、何千人の患者さんに協力してもらって、そのなかで効果が認められたものしか承認されないからです。がんの標準治療として国が認める抗がん剤は、その臨床試験をやった施設にまで査察に行って、捏造がないかどうか確かめているほどなんですよ。
――逆に言うと、そこまで徹底しないといけないほど、効果を信用できる薬は少ないということですね。
勝俣 ですから、臨床試験の被験者になってくれた患者さんたちが、命をかけて協力してくれたおかげで承認された抗がん剤は、相当にありがたいものなんです。私は、感謝の気持ちで拝んで使うべきだと思っているくらいですから。そのように、治験を重ねて世界的に認められている標準治療の抗がん剤は150種類あって、保険適用で受けられます。ネズミや細胞実験で効果があっただけのエビデンスしかないような、あやしいがん治療に高いお金を払うなんて、我々専門家からすればおかしな話なんですよ。
――しょせん、ネズミですからね……。ただ、インチキではない「先進医療」に関しては、臨床研究である程度は効果が認められていると本に書いてあったので、よくわからない人は期待して高いお金を払って受けてしまうかもしれません。
勝俣 先進医療のうち、効果が証明されて保険適用になっているのは10%より上か下か、どっちだと思います?
――10%より上だと思いたいです。
勝俣 6%なんですよ(注2)。毎年、100種類くらいの先進医療が指定されていますけど、1999年から2016年までの間で効果が証明されて承認され、保険適用になった治療法は109種類だけです(図表4)。「先進医療」といっても、最先端で良い治療とは限りません。先進医療はまだ承認されていないけど、将来承認されて保険適応になりそうだと期待できる医療を厚労省が特別に指定している医療なのです。そういった意味でも、先進医療は研究的な医療であることを知っておいてほしいと思います。
がんの「予防」と「治療」はまったく関係ない
――がんの標準治療に選ばれるのは、それだけ難しいんですね。では最後、6つ目のトンデモ医療の見分け方です。「『がん予防に効果があるからがん治療にも効く』わけではない」について。これ、ちょっとわかりにくいのですが、本で紹介されている「がんになるリスクを下げる5つの食品」は、がんの治療には効果がないということでしょうか?
勝俣 がんに関して言えば、予防と治療は別なんです。がん予防に効果があるからといって、すでにがんになった人に対して治療効果があるわけではありません。でもこのことは、一般の人にはわかりにくいんですよね。多くの病気は、予防と治療が同じですから。
たとえば、糖尿病は糖質を控えて予防しますが、糖尿病の治療も糖質制限です。生活習慣病といわれる多くの病気は、予防と治療が同じなのです。でも、がんの原因として、生活習慣が関係するのは約3割、そのほとんどはタバコが原因です。
食生活が原因となるのは、1割に満ちません。ストレスについては、否定的なデータや肯定的なデータもあり、まだがんの原因としては、明確なエビデンスはありません。その程度のエビデンスなのに、食生活やストレスでがんになると思っている人が多すぎるんです。がんの原因で最も多いものは、偶発的要因(遺伝子の突然変異)で、約6割くらいとされています(注3)。親から子に遺伝するという、遺伝的要因が約1割です。
――すみません。私は今までずっとそう思い込んでいました。
勝俣 そういう人は、がんになったあとも、食べ物でがんを治そうと思い込みがちです。でも一度がんになってしまったら、がん細胞というのは、遺伝子が壊れてしまった強力な細胞になっているので、簡単に食事で治すことができるようなものではなくなります。本の中にも、糖質制限やマクロビオテックをはじめとした「がんに効く」と言われている22の食事法について、イギリスの研究者たちが調べた結果を載せていますが、ほとんど治療効果がないことが結論づけられています(注4)。
ですから、「がんになったのは過去の生活習慣が悪かったから」と、自分を責める人が多いのですが、それは明らかに思い込み過ぎです。タバコを吸わずお酒も飲まず、普段から健康的な食生活をし、運動も定期的にしていて、家系にがんになった人がまったくいなくても、がんになる人はたくさんいますからね。
【大好評連載】
第1回 あやしいがん治療が日本でなくならない理由
第2回 腫瘍内科医に聞いた「あやしいがん情報」にだまされない6つのポイント
第3回 「ストレスが原因でがんになる」のエビデンスは乏しい
第4回 がん検診もPCR検査も「早期発見」が本当の目的なのではない