コーポレートガバナンスの本丸:役員・代表取締役の選解任
朝倉:経営共創基盤(IGPI)の冨山和彦さんが言うところの、「コーポレートガバナンスの本丸」ですね。冨山さんは「ガバナンスの最も重要な機能はCEOの選解任にある」と、強調されています。
小林:一方で、CEOの選解任はテーマとしては理解できるものの、具体的に何をすることなのかというのは、ピンとこないのが実情ではないでしょうか。CEO本人にしてみれば当然、CEOの選解任は非常に怖いことです。
場合によっては、自分のポジションが突然なくなってしまうことも起き得るので、「どう設計すべきか」は非常に難しい。そんなコーポレートガバナンスという仕組みを、そもそもなぜ導入しなければならないのかですが、経営者のパフォーマンスについて議論をする際、「創業者のほうが雇われ社長よりも優れている」という意見がよくありますよね?
朝倉:孫さんや永守重信さんらを引き合いに出し、創業者は「大胆かつダイナミックな意思決定ができて、野心もあるし、インセンティブも揃っている」といったような意見ですね。海外ではよくジェフ・ベゾスやイーロン・マスクらが例に挙げられます。
小林:確かにそういう成功例はありますが、良い例だけを見ているような気もします。創業者からうまく代替わりして、業績が非常に伸びた会社も当然あります。
朝倉:以前、オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンとお話しした際、創業経営者について話題が及んだことがあるのですが、実は、宮内さんはオリックスの創業経営者ではありません。創業経営者のように見えますが、もともとはオリエント・リース(現オリックス)を設立した日綿實業の社員であり、いわばオリックスに出向していた設立プロジェクト・メンバーだったんですよね。
その後、転籍なさって代表に就任なさったという方ですが、「会社とインセンティブが完全に合致した創業経営者の方がモチベーションを高く維持でき、経営者に向いているという言説もあるが、どう思うか?」とお尋ねしたところ、「失敗している創業経営者もたくさんいる。創業者かどうかは全く関係ない」と仰っていたのが印象に残っています。
「創業経営者の方が優れている」議論は、創業経営者として成功した人だけを見て言っているのなら、それは単に生存者バイアスなのだと思います。
マイクロソフト:株主の働きかけによるCEO交代と業績回復
小林:今回は公知情報の中から、特に象徴的な3つの会社の事例を挙げようと思います。まず1社目は、Microsoft(以下、マイクロソフト)。スティーブ・バルマーがCEOだった時代(2000年1月~2014年2月)、マイクロソフトの株価は伸び悩みました。
朝倉:マイクロソフト30人目の社員。ビル・ゲイツの後を継いだ2番目のCEOですね。社内イベントで飛び跳ねながら絶叫して、”I love this company!”と宣言する姿が印象的です。
小林:そうしたパフォーマンスとは裏腹に、株価は冴えませんでした。マイクロソフトは「クラウドできませんでした」「モバイルOSできませんでした」といった状況が相次ぎ、ゲイツ時代に築き上げたポジションを失いました。バルマー時代のマイクロソフトは明らかに勢いがなかったのです。
当然、時価総額も低調でした。そこで、端的に言えば株主の圧力によって、バルマーは退任することになったのです。バリューアクト・キャピタルいうエンゲージメントファンドが介入し、他の株主らと協調して「CEOはもう代わったほうが良いのではないですか」と意見を伝えた結果、バルマーが退任し、サティア・ナデラが後任としてCEOに就任したわけです。
朝倉:2014年のことですね。
小林:はい。ナデラになってから、さまざまな分野の事業が発展しました。例えばOfficeはサブスクリプション化が進み、Azureも一気に普及しました。実はバルマーのときに著しく減損していたSurfaceも、ナデラになってから大きく成功したんですね。
多くの事業がナデラのもとで生まれ変わった。今や時価総額は世界最高クラスまで上がってきて、GAFA+マイクロソフトと言われるほど存在感が高まっています。
朝倉:個人的な印象ですが、ユーザー視点でも、たしかに2007~2010年あたりのマイクロソフトのイメージは正直、芳しくなかったですね。
小林:ナデラは外から連れてこられた、いわゆる「プロ経営者」ではなく、社内で地位を築き上げてきた人です。そうした形でトップに立った彼が、これだけ大きな会社を生まれ変わらせることができたというのは、非常に面白い例だと思います。