コーポレートガバナンスの課題を浮き彫りにしたアスクル・ヤフー対立問題

小林:それについては、2019年に、1つ大きな転機があったと思っています。アスクルの例です。

朝倉:ヤフーと対立した事案ですね。

小林:親会社で筆頭株主のヤフーと2位株主のプラスが、指名・報酬委員会で決議されていたにも拘らず、アスクル創業社長岩田彰一郎氏、及び独立社外取締役3人全員の再任に、2019年8月2日の株主総会で反対し、独立社外取締役が空席になってしまったというケースです。

指名・報酬委員会での検討・議論プロセスが終わった後で、筆頭株主が上場子会社の社長の退任を要求してきた、ということで、経済同友会などを含む各所からガバナンス上の課題を指摘されました。

2020年3月13日、アスクルは臨時株主総会を開き独立社外取締役の選任を行うのですが、その人選を進めるため、弁護士にも入ってもらって(暫定)指名・報酬委員会を組成しました。この委員会には「こういったことができる機関であるべきだ」という要件があります。

「独立した機関である」「役員会の勧告を尊重する」など計8項目が存在するのですが、最後に挙げられているのが「勧告を行った事項について株主総会などにおいて意見を表明できる」というものです。これがすごく面白い。

例えば、「われわれの委員会はこう言ったけれど、経営陣が聞く耳を持たなかった」という場合があったとしますよね。そういう場合でも「委員会はこういうことを勧告しました」ということを世の中に開陳できると。

コーポレートガバナンス最大の機能:取締役会と役員選解任のあり方と事例について

アスクルの件が大々的に取り沙汰されたのも、コーポレートガバナンスにおける委員会の役割、という論点があったからでしょう。委員会に本来期待される経営の監督機能を損なうような要求を、筆頭株主が行ったことに対して、世の中から「本当にこれでいいのか」と指摘されたということです。

委員会が自分たちで世に意見を出せると、強力な独立性を持つことになるでしょう。これが1つのモデルとして定着すると面白いと思います。

朝倉:なるほど。そこで表明した内容次第では、取締役が会社に対する善管注意義務を問われかねないという話になれば、当然、委員会の勧告が今以上に強い力を持つことになりますね。

小林:今までは、選解任の際に「どういうプロセスで、この人が候補に挙がったのか」という背景は、正直それほど開示されていませんでした。今回のアスクルのように、そのプロセスを透明化するというのは、他の株主にとってもメリットがあることだと思います。

朝倉:2017年、クックパッドが体制変更した際、監査報告書に掲載された社外取締役の「補足意見」もすごかったですね。「こんなことが起こるのか」と思いました。

小林:あのタイミングでも、何かしらのコーポレートガバナンスの見直しが提起されれば良かったのですが、実際は何も変わりませんでした。一方、アスクルの場合は随分と揉めましたが、新たなガバナンスモデルはなかなか興味深い。

アスクルの(暫定)指名・報酬委員会の委員長を務める國廣正弁護士はこのガバナンス体制を「アスクルモデル」と呼んでいますが、確かにそう呼んでいいほど、しっかり練り込まれたものだと感じました。

朝倉:アスクルの個別事情に関して言うと、同社はソフトバンクの孫会社であるヤフーのさらに子会社という立場ですので、親子上場を解消すればすべて解決する話なのではという気がしないでもありません。

そうした個別事情とは別に、普通の上場企業でアスクルのようなガバナンスモデルが浸透していけば、社長と社外取締役のパワーバランスも変わっていくのだろうと思いますね。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:岩城由彦、代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/5/10に掲載した内容です。