「辛いこと」は紙に書くと、“心の痛み”が紙に移る

――その2つの出来事は、西さんにとって、どういう意味で辛い瞬間だったんでしょうか?

 人間関係が破綻する辛さはもちろんあります。それはとても大きいですね。

 それと、もう一つあるのは「今やっていることを続けられない」という辛さ。自分の心とか、体は、今やっているプロジェクトを続けたいわけです。続ければ、この先にワクワクすることがあったり、スゴイことができることがわかっているのに、それをやめなきゃいけないんです。

 だから、会社を辞めた後でも、体は、朝起きたら会社に行こうとしているんです。いろんなことを続けたがっている。でも、実際には行くことも、続けることもできない。そんなふうに自分がバラバラになってしまうような感覚がとても辛かったですね。

「人生、どん底だ」と思ったら「お祝い」をすべき理由

――「自分がバラバラになってしまう辛さ」というのは、リアルな体験をしてきた西さんならではの表現ですね。

 そういえば、「どん底のときの対処法」としてやっていることがあります。アスキーを辞めたころから、何かあったら「紙に書く」ということもやってるんです。

 大失敗をしたとか、辛い目に遭ったとか、そういうことがあったら、それの一部始終を全部紙に書くんです。書いた瞬間に「辛いこと」は紙の方に移っちゃいます。

――紙の方に移っていく、とは?

 わかりにくいかな……。

 僕はそういう感覚を覚えるんだけど、要するにね、そうやって紙に書いてから「どうして、こういうことが起こってしまったんだろう」とその原因を考えるというか、本質をたぐっていくわけだけど、そういうことをしていると、辛さという感情そのものは、だんだん薄れてくるんですよね。

――ああ、なるほど。

 だから、実際、腹が立ってしょうがないときには、「どうしても許せないヤツ」の名前を書いたりもしています(笑)。

 そして、最後はその紙を燃やす。燃やしてしまうのはすごく効果があります。不思議なもので、辛いこと、嫌なヤツのことを紙に書いて、それを燃やすと、めちゃくちゃスッキリするのです。

 できれば、土砂降りの雨の日とか、台風のときとか、雷が鳴っているときに燃やすと特にいいですね。その激しい雨風と一緒に、流れていくというか、消えてなくなる感じがするんです。

「人生、どん底だ」と思ったら「お祝い」をすべき理由

――「黒魔術」のようなイメージも湧いてきますね……。ともあれ、生きていれば、いろんなことがありますから、自分に効果のある「心を浄化していく方法」があるといいですよね。

 そうですね。

 でもね、『反省記』には辛かったこと、苦しかったこともすべてリアルに吐き出したので、ぜひ読んでみて欲しいですが、今思い返してみると、めちゃくちゃ辛かったことも今となっては「たいしたことなかったな」という感覚があります。

 もちろん、本に書いた通り、当時は本当に落ち込んでいるんですよ。でも、僕なりに「天国」と「地獄」を経験してきて、あるとき、ふと思いました。すべてのことは過ぎ去っていくんだな、と。

 いいことも悪いことも永遠には続きません。アスキーの経営が苦しくなって、僕は死ぬほど苦しんだし、当時は「出口」なんて全然見えなかった。だけど、いつしかその嵐は過ぎ去っていきました。それで、こう思うんです。終わったね、と。まぁ、「もう一回やるか?」と聞かれたら、断りますけどね(笑)。

 ともかく、どんな経験もすべて無駄ではないので、嫌なことは紙に書いて燃やしちゃえばいいですし、「人生の底」をついたら、その日はお祝いです。あとは上昇していくほかないんだから。

「人生、どん底だ」と思ったら「お祝い」をすべき理由西 和彦(にし・かずひこ)
株式会社アスキー創業者
東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクター
1956年神戸市生まれ。早稲田大学理工学部中退。在学中の1977年にアスキー出版を設立。ビル・ゲイツ氏と意気投合して草創期のマイクロソフトに参画し、ボードメンバー兼技術担当副社長としてパソコン開発に活躍。しかし、半導体開発の是非などをめぐってビル・ゲイツ氏と対立、マイクロソフトを退社。帰国してアスキーの資料室専任「窓際」副社長となる。1987年、アスキー社長に就任。当時、史上最年少でアスキーを上場させる。しかし、資金難などの問題に直面。CSK創業者大川功氏の知遇を得、CSK・セガの出資を仰ぐとともに、アスキーはCSKの関連会社となる。その後、アスキー社長を退任し、CSK・セガの会長・社長秘書役を務めた。2002年、大川氏死去後、すべてのCSK・セガの役職から退任する。その後、米国マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員教授や国連大学高等研究所副所長、尚美学園大学芸術情報学部教授等を務め、現在、須磨学園学園長、東京大学大学院工学系研究科IOTメディアラボラトリー ディレクターを務める。工学院大学大学院情報学専攻 博士(情報学)。

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