αチームの2ターン目

D「それでは、またαチームで話してください」

A「自分自身が今のスタンスに至った理由について考えていたのですが、過去の大型プロジェクトのチームリーダー経験が大きいと感じています。そのとき、途中からプロジェクトに入ったのですが、なぜこれをやっているかがわからず、判断基準を持つのに苦労しました。だからこそ、現メンバーには同じような思いをしてほしくない。『なぜこれをやるのか』を決めるところから参加して、一人ひとりにこうしたいという意志を持ってもらいたいと思っているんです。そのうえで、もっと意見のぶつかり合いがあってもいいと思っています」

B「なるほど、そういう話を聞くと、Aさんが今のようなやり方をしている理由がわかります。確かに、途中から人を迎えるのは難しい。きちんと方針の背景を共有することが必要ですよね。今も途中から入ったメンバーが何人かいますが、その人たちに方針の背景共有がうまくできず、限定的な関わりしかできていないように感じています」

A:「『方針の背景』ってどういうことですか?」

B:「方針の大本にある事実と解釈です。先ほどAさんが話してくれたプロジェクトに途中から入った体験もその一つだと思います。事実の解釈が人によって違うのはいいと思うのですが、現状は、どんな事実があり、それに対する認識をすり合わせる場がないので、共通の拠(よ)りどころが持てない気がするんです」

A「大本にある事実と、それを組織としてどう捉えているかですね」

B「そうです。Aさんがみんなに理解してほしいと思っているのは、これとは別のことですか?」

A「Bさんに言われて気づいたのですが、私がみんなに伝えようとしていたのは、組織の課題や戦略です。でも、その背景までは伝えきれていませんでした。βチームで話されていた、この状況を悪化させるアイデアを聞きながら思いましたが、今話している私自身も問題意識をきちんと言語化できていないのかもしれません」

B「言葉にせずに自分の中に留めてしまうのは、どんなときですか?」

A:「『これくらい言えばわかってくれるだろう』と思ってしまうときかもなあ。特に、チームリーダーたちに対しては期待もあってそうなりがちです。思うように動いてくれないと怒りを感じ、自分でやってしまっていることもあります。自分自身、詳細な情報がない中で仕事をすることに慣れてしまい、メンバーにも同じことを求めてしまっていたのかもしれません」

βチームの2ターン目

D「それでは、またβチームで話しましょう。今のαチームの話をどう聞きましたか」

C「過去の大型プロジェクトには私も関わり、Aさんの苦労を近くで見ていたので、実はなんとなくその経験があってのことではと感じていたところもあったんです。でも、何を共有するのかについて、気づいてくれてよかったと思いました」

D「そうだったんですね。αチームのやり取りを聞いていると、現状では背景があまり伝わっていなかったようですね。そのことについてはどう思いますか」

C「その問題は私も感じていました。でも、私がそういうことを指摘するのは失礼なところもあるのかなと思ったりして。ただ、やはり背景がわからない中で熱量を持ってほしいと期待されても、難しいなと思います」

D「お聞きしていて、なぜこのような大事なことが今まで話し合われていなかったのだろうと素朴に思いました。ちょっと反転させてみてほしいのですが、どうすればこういう大切なことをさらに話さないようになると思いますか」

C「そうですね……。戦略や戦術の結論だけが示されるというのはありそうです。あと、新商品開発のように先が見通しにくいプロジェクトだと、拠りどころを持ちたいという気持ちが働くので、上から指示されたことをそのまま受け入れてしまうことも起きやすいと思います」

D:「なるほど。では、この後、全員でこの問題に何か名前をつけて考えてみましょう」

 本書にこの対話への考察がありますので、ぜひ参考にしていただけたらと思います。

【追伸】「だから、この本。」についても、この本について率直に向き合いました。ぜひご覧いただけたらと思います。

【「だから、この本。」大好評連載】

<第1回> あなたの会社を蝕む6つの「慢性疾患」と「依存症」の知られざる関係
<第2回>【チームの雰囲気をもっと悪くするには?】という“反転の問い”がチームの雰囲気をよくする理由
<第3回> イキイキ・やりがいの対話から変革とイノベーションの対話へ!シビアな時代に生き残る「対話」の力とは?
<第4回> 小さな事件を重大事故にしないできるリーダーの新しい習慣【2 on 2】の対話法

<第5回> 三流リーダーは組織【を】変える、一流リーダーは組織【が】変わる

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宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。