一世代前のモノづくりの強みはVUCAの時代、
デジタル化の時代には、強力な障害となって立ちはだかる

 もっとも川上で必要となるゼロからの構想や高度な抽象化は組織ではなく、個人のなせるわざであるというのは、建築の世界を見ればわかりやすいでしょう。例えば建築物の基本コンセプトを構想する世界に名だたる建築家や会社をゼロから立ち上げた創業者たちもそのほとんどが個人名で仕事をする人たちです。

 これに対してモノづくりで大事なのは、全社員一丸となって画一的な品質管理を定められた厳格なルールの下で行うことであり、この世界では一人ひとりの個性や多様性はできるだけ排除することが望まれます。

 工場における品質管理の最大の敵は「バラつき」だからです。工場の品質向上の活動の多くは「いかにしてバラつきを減らすか」に腐心しています(究極にばらつきを排除した状態が機械化です)が、後述のように抽象化に必要なのは多様な思考の軸であるがゆえに多様性が重要なのです。

 これまで日本の強さだったモノづくり思考は、画一的で厳格にルールを守るという日本人の特性と、ものの見事に合致して世界を席巻する製造業が出来上がりました。

 ところが皮肉なことに『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)でクレイトン・クリステンセンが語った通り、「一時代の強み」は新しいイノベーションが起こってパラダイムが変わったときの次の世代には弱みとなります。

 このような一世代前のモノづくりの強みはVUCAの時代、デジタル化の時代には、ある意味強力な障害となって我々の前に立ちはだかるのです。

 ここに一石を投じ、ビジネスの世界でも「アーキテクト思考」の実践者を増やして新たな変革につなげる個人を一人でも増やすことが本連載の狙いです。

 次回は今回簡単に述べた「川上と川下の違い」について、「具体と抽象」を切り口にさらに詳細に見ていくことにしましょう。

細谷 功(ほそや・いさお)
ビジネスコンサルタント・著述家
株式会社東芝を経て、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ、クニエ等の米仏日系コンサルティング会社にて業務改革等のコンサルティングに従事。近年は問題解決や思考力に関する講演やセミナーを企業や各種団体、大学等に対して国内外で実施。主な著書に『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)、『具体と抽象』(dZERO)『具体⇔抽象トレーニング』(PHPビジネス新書)、『考える練習帳』(ダイヤモンド社)等。

坂田幸樹(さかた・こうき)
株式会社経営共創基盤(IGPI)共同経営者・IGPIシンガポール取締役CEO
キャップジェミニ・アーンスト&ヤング、日本コカ・コーラ、リヴァンプなどを経て現職。現在はシンガポールを拠点として政府機関、グローバル企業、東南アジア企業に対するコンサルティングやM&Aアドバイザリー業務に従事。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)、ITストラテジスト。