「差の差分析」が有効であるための
2つの前提条件

 差の差分析が有効であるためには、2つの前提条件が成り立つ必要がある。

 1つめの前提条件は、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上のトレンドが平行である」というものである。B地方の店舗の売上は、「A地方の店舗がもし広告を出さなかったとするとどうなっていたか」という反事実を表している。だから、A地方の店舗とB地方の店舗は、少なくとも介入の前には「比較可能」でなければならない。別の言いかたをすれば、広告を出す前の売上の「トレンド」(図表5の傾き)はA地方もB地方も同じである必要があるのだ。

ノーベル経済学賞を受賞したカードによる最低賃金の研究をどこよりもわかりやすく解説!図表5

 しかし、広告を出す前のA地方とB地方の売上の「トレンド」が同じだったかどうかということは、2014年と2015年のデータだけをながめていてもわからない。そこで、2013年12月のデータを見てみよう(図表6)。

ノーベル経済学賞を受賞したカードによる最低賃金の研究をどこよりもわかりやすく解説!図表6

 広告を出す前、すなわち2013年12月から2014年12月にかけてのĀ地方とB地方の売上の「トレンド」が同じでないということにすぐに気づくだろう。つまり、A地方の店舗は広告があってもなくても毎年400万円ずつ順調に売上が増加し続けているが、B地方の店舗は毎年200万円ずつしか売上が増加していない。

 これでは、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上の『トレンド』が平行である」という前提条件を満たさないので、差の差分析を用いることはできない。

 一方、図表7を見てみよう。A地方とB地方において、広告を出す前の売上の「トレンド」は同じである。両方とも毎年200万円ずつ売上を増加させている。この場合、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上の『トレンド』は平行である」という前提条件を満たすので、差の差分析を用いることができる。

ノーベル経済学賞を受賞したカードによる最低賃金の研究をどこよりもわかりやすく解説!図表7

 2つめの前提条件は、介入が行われているあいだ(この例では広告を出している2014年12月から2015年12月のあいだ)に、売上に影響を与えるような「別の変化」が起きていないというものである。

 たとえば、2015年11月に放映中のドラマの中で人気女優が身につけていたネックレスがヒットしたとする。しかし、このドラマが放映されたのはA地方だけだったので、そのネックレスが爆発的に売れたのはA地方だけだった。これは問題である。差の差分析で推定した200万円の売上増は、広告の効果なのか、それともこのドラマの効果なのかがわからなくなってしまう。

 この2つの前提条件を満たせば、A地点の差とB地点の差の2つの差をとることで、広告の因果効果を推定することができるのである。

参考文献
Card, D. and Krueger, A. B. (1994) Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and Pennsylvania, American Economic Review, 84 (4), 772-793.
Card, D. and Krueger, A. B. (2000) Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and Pennsylvania: Reply, American Economic Review, 90 (5), 1397-1420.
Dube, A., Lester, T. W. and Reich, M. (2010) Minimum Wage Effects Across State Borders: Estimates Using Contiguous Counties, The Review of Economics and Statistics, 92 (4), 945-964.
大竹文雄・川口大司・鶴光太郎編著(2013)『最低賃金改革:日本の働き方をいかに変えるか』日本評論社
鶴光太郎(2013)「最低賃金の労働市場・経済への影響─諸外国の研究から得られる鳥瞰図的な視点─」 RIETI Discussion Paper Series, 13-J-008.
Neumark, D. and Wascher, W. (2000) Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and Pennsylvania: Comment, American Economic Review, 90 (5), 1362-1396.