「差の差分析」が有効であるための
2つの前提条件
差の差分析が有効であるためには、2つの前提条件が成り立つ必要がある。
1つめの前提条件は、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上のトレンドが平行である」というものである。B地方の店舗の売上は、「A地方の店舗がもし広告を出さなかったとするとどうなっていたか」という反事実を表している。だから、A地方の店舗とB地方の店舗は、少なくとも介入の前には「比較可能」でなければならない。別の言いかたをすれば、広告を出す前の売上の「トレンド」(図表5の傾き)はA地方もB地方も同じである必要があるのだ。
しかし、広告を出す前のA地方とB地方の売上の「トレンド」が同じだったかどうかということは、2014年と2015年のデータだけをながめていてもわからない。そこで、2013年12月のデータを見てみよう(図表6)。
広告を出す前、すなわち2013年12月から2014年12月にかけてのĀ地方とB地方の売上の「トレンド」が同じでないということにすぐに気づくだろう。つまり、A地方の店舗は広告があってもなくても毎年400万円ずつ順調に売上が増加し続けているが、B地方の店舗は毎年200万円ずつしか売上が増加していない。
これでは、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上の『トレンド』が平行である」という前提条件を満たさないので、差の差分析を用いることはできない。
一方、図表7を見てみよう。A地方とB地方において、広告を出す前の売上の「トレンド」は同じである。両方とも毎年200万円ずつ売上を増加させている。この場合、「介入群と対照群において、広告を出す前の売上の『トレンド』は平行である」という前提条件を満たすので、差の差分析を用いることができる。
2つめの前提条件は、介入が行われているあいだ(この例では広告を出している2014年12月から2015年12月のあいだ)に、売上に影響を与えるような「別の変化」が起きていないというものである。
たとえば、2015年11月に放映中のドラマの中で人気女優が身につけていたネックレスがヒットしたとする。しかし、このドラマが放映されたのはA地方だけだったので、そのネックレスが爆発的に売れたのはA地方だけだった。これは問題である。差の差分析で推定した200万円の売上増は、広告の効果なのか、それともこのドラマの効果なのかがわからなくなってしまう。
この2つの前提条件を満たせば、A地点の差とB地点の差の2つの差をとることで、広告の因果効果を推定することができるのである。
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