メール、企画書、プレゼン資料、そしてオウンドメディアにSNS運用まで。この10年ほどの間、ビジネスパーソンにとっての「書く」機会は格段に増えています。書くことが苦手な人にとっては受難の時代ですが、その救世主となるような“教科書”が今年発売され、大きな話題を集めました。シリーズ世界累計900万部の超ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者であり、日本トッププロのライターである古賀史健氏が3年の年月をかけて書き上げた、『取材・執筆・推敲──書く人の教科書』(ダイヤモンド社)です。
本稿では、その全10章99項目の中から、「うまく文章が書けない」「なかなか伝わらない」「書いても読まれない」人が第一に学ぶべきポイントを、抜粋・再構成して紹介していきます。今回は、前回に続いて魅力的な「比喩表現」のつくり方について。
独創的な比喩はどうすればつくれるか?
一般に、すぐれた比喩は、詩人や小説家の専売特許だと考えられています。詩的な、あるいは文学的な才能があってこそ生まれるものだと考えられています。古代ギリシアの大哲学者、アリストテレスが残した次のことばは、その端的な例です。
「とりわけもっとも重要なのは、比喩をつくる才能をもつことである。これだけは、他人から学ぶことができないものであり、生来の能力を示すしるしにほかならない」(『詩学』アリストテレース著、松本仁助・岡道男訳/岩波書店)
アリストテレスによれば、比喩には「才能」や「生来の能力」が必要であり、それはどうやっても「他人から学ぶことができないもの」なのだといいます。なんとも困った発言です。詩的・文学的才能を持たない人間──ぼくなどは確実にそうです──には、魅力的な比喩などつくれないのでしょうか。われわれ凡人はレトリックを諦め、おとなしく白旗を振るしかないのでしょうか。
かろうじてアリストテレスは、ヒントらしきものを残してくれています。先の文章に続けて、こう述べているのです。
「すぐれた比喩をつくることは、類似を見てとることである」
この「類似を見てとる」ということばを頼りに、比喩のつくり方を考えていきましょう。
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年にライターとして独立。著書に『取材・執筆・推敲』のほか、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、以上ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社)など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など。編著書の累計部数は1300万部を超える。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして、「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。翌2015年、「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。2021年7月よりライターのための学校「バトンズ・ライティング・カレッジ」を開校。(写真:兼下昌典)
コツは、とにかく「遠くに転がす」こと!
なんらかの比喩を思いつくこと。目の前のAを、別のBにたとえること。
これ自体は別に、むずかしい話ではありません。たとえば「亀のような歩み」とか「光のような速さ」といった、ありきたりな比喩。あるいは「能面のような表情」や「脱兎の如く駆け出した」などの慣用表現。このレベルであれば、いくらでも思いつくでしょう。
問題はやはり、距離です。鈍足のたとえとして亀は、あまりにも距離が近い。無表情のたとえとして能面は、いかにも見たまんまだ。もっと「遠くにあるもの」を持ってこないと、比喩はおもしろくなってくれません。けれども、いきなりそれを思いつくだけの発想力、アリストテレスの言う「才能」もない。
だったらもう、「近くにあるもの」からスタートしましょう。亀や能面を出発点に、少しずつ比喩を転がしていきましょう。つまり、「能面のような表情」という比喩を打ち消して別のたとえを考えるのではなく、その隣にある「能面に似ているもの」を考えるのです。
たとえば、能面に似た表情を持つものとして「仏像」を思いつく。さらにそれを「奈良の大仏」や「鎌倉の大仏」と具体化してみる。巨大な像のつながりから「モアイ像」を思いつく。モアイ像のことを「風化した石像」と呼んでみる。風化のたとえとして「苔の生えた石像」と言い換える。苔の生えた石からの連想で「苔の生えた墓石」にまで転がしてみる。最終的には苔を省いて「墓石のような表情」とたとえてみる。ここまでくればオリジナルの、おもしろみを持った比喩になります。
無表情な人を見て、いきなり墓石を思い浮かべることはむずかしいでしょう。しかし、身近な比喩を少しずつ、5回、6回、10回と転がしていけば、やがて遠くの比喩にたどり着けるはずです。もっと遠くへ、もっとおもしろく、もっと的確に。そんな粘り強さをもって「もうひとつ先の比喩」を考えていきましょう。
(続く)