膨大な歴史情報をデータベース化して、人類にとって意味あるものとして活用する。そんな壮大な取り組みで注目を集めているのが、株式会社COTEN代表取締役の深井龍之介氏だ。COTENが配信する「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」は、「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞、Apple Podcastランキングでも1位を獲得した。
「当たり前」や「常識」が変化して、生き方や働き方の選択肢が多様化した時代に答え探しをしても、悩みはますます深まるばかり。そこで深井氏は、歴史を知り、自分を俯瞰することによって物事の本質を考える「メタ認知」を提唱している。初の著書『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』では、偉人たちの知られざるエピソードを通して、メタ認知の練習を重ねていく。本書の発売にあたり、深井氏に、「歴史思考」を身につけるとなぜ悩みがなくなるのか聞いた。(取材・構成/樺山美夏、撮影/竹井俊晴)
悩みが多い社会ほど
歴史が有用な情報になる
――膨大なケーススタディの宝庫である歴史を、今の社会に役立てようとしている深井さんの活動に注目が集まっています。歴史学者はたくさんいますが、歴史を学問領域ではなく、ビジネス領域で活用する事業を始めたのはなぜでしょうか。
深井龍之介(以下、深井) 歴史の専門家はみなさんそれぞれのテーマを研究されていますが、それを一般に役立てようとしている人はほとんどいませんでした。20年くらい前まではそれでもよかったと思うんです。歴史は一部の知識人や好きな人が学ぶものでしたし、みんなと同じことをやっていれば幸せになれた時代でもありましたから。乱暴な言い方をすれば、教養がなくてもやっていけたわけです。
でも今は、誰もが教養を必要とするレベルの悩みを抱えるようになっています。
僕たちの音声番組「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」のリスナーさんからも、「歴史を知って悩みが解消された」という感想をよくいただきます。それは、歴史が遠い世界の話ではなく、自分事として考えられる有用な情報になっているからです。悩みがないなら、教養なんていりませんから。
――深井さんは今36歳ですが、歴史に開眼したのは20歳の頃だったそうですね。
深井 父親の本棚にあった中国古典を読んで感銘を受けたのが20歳のときでした。最も衝撃を受けた墨子をはじめ、老子と荘氏、孟子と孔子の本を読んだら、非常に合理的な思想家だと分かったんです。学校の教科書で知ったときはよく分からなかった人たちですが、改めて本を読んでみたらとても頭がいいと分かった。
今から2500年も前、現代のようにネットもメディアもなかった時代、彼らが置かれていた状況を想像しながら中国古典の内容を理解すると本当にびっくりします。現代人には到底及ばない思考力と知性を全開で駆動させていますから。
人間は、何の情報もない中で真剣に考え抜くと、問題に対してこんなにも本質を突いた対処ができるのかと感動するほどです。
現代人には真似できない
中国思想家の思考力と知性
――現代人には到底及ばない中国思想家の思考力と知性とは、例えばどういうことでしょうか。
深井 「隗より始めよ」という故事があります。これは中国戦国時代、燕の昭王が敵と戦うために賢者を集めようとしたとき、側近の郭隗(かくかい)が発した言葉から生まれた故事です。郭隗は「賢い者を招こうとするなら、まず私のようにあまり優秀ではないものを厚遇することから始めるとよい。優秀でないものでさえ厚遇されると分かれば、自分に自信のある者は、自分ならもっと厚遇されると期待する。そうすれば、優れた賢人が自然と王のもとに集まってくる」と説きました。
これはすごく計算されたアイデアです。当時の情報伝達がどのようなステップで行われているか、想像してみると分かります。ネットなんてない時代ですから、情報は基本的に口頭で伝わっていく。口頭での情報拡散でどういう話がバズりやすいのかを考えてみると、「優秀な者を採用したいがために、待遇水準を一気に上げて、そこまで有名ではない者も厚遇した」という情報は、噂として喧伝されやすいですよね。つまり、その情報を流した家臣は現代に置き換えると、優れたマーケッターと同じような思考を持っていたわけです。
一見すると自分を厚遇しろなんていう図々しいアイディアですが、採用戦略としてはよくできていて、実際にはこの戦略が功を奏して中華一優秀な武将の採用に成功します。この話を「自分だったらどうするか?」という視点で考えてみてください。いかにこの人が物事を深く考えているか分かります。
下手すると王から殺されかねないような無茶な提案で、なぜ勝負をしたのか? 想像してみると、当時の生活状況や王様との関係など、いろいろなことが要因となっていることが分かります。
――想像力によって「歴史思考」は深まっていんですね。
深井 想像力なくして、歴史は理解できません。「そういう出来事があったんだ」で終わらせるのではなく、「なぜそうしたのか?」と自分の頭で想像して初めて「歴史思考」が身につきます。
そもそも歴史上の人物って、「なぜそういう行動をとったのか」が分からない人がほとんどです。ですから、想像しなければただの事実で終わってしまう。でも時代背景や社会情勢などの情報をもとに、視座を高くして、その人物の言動の意味を考えていくと、理解できることがたくさんあるんです。
そういう風に考えられるようになると、自分の人生や仕事はもちろん、身近な人の見方も変わります。
僕はさまざまなベンチャー企業の理念づくりに関わった経験があります。そのときも、会社のメンバーの考えや価値観だけで理念をひねり出すのは難しいので、「みんなに歴史思考があればもっと強くなれるのに……」と思ったことがよくありました。